人形幻想私語

 ふと、人形を作る人の気持ちを思ってみた。

人形を作るとき、人間らしく作りたいのか、それとも、

人形らしく(例えば極端な体形、デフォルメしたメイクなど)作りたいのか、はて、どちらなのだろう?

ぼくは、人間で人形に見せかけた写真を撮ったことがある。そのときは、わざと、手首の関節をつくったり、肌を無機質に見せるようなメイクにしたりと、人形に見せたくてあれこれ工夫した。

 人形師にもいろんなタイプがあるので、一概に決め付けることはできないだろう。少なくとも、ぼくの少女人形舞台は、人形になりたい少女が人間のように歌って踊る(人形になりきれなくて悩む少女がいたり、人形なのになんで人間の気持ちを理解しなきゃいけないのかと思う少女がいたり)という幾重にも倒錯したドラマがあるので、より複雑である。だから、かえって、人間で人形の写真を撮ろうとしたときのような、あざとい工夫は一切必要ないと思う。

 少女たちが人形になりきっていたら、ぼくは縁側で妹と遊んだ人形遊びの延長で物語を書き、演出をすればよいのだ。それが、少女たちにとっても、ぼくにとっても、一番難しいことなのだが…。6月2日の幻奏の宴がどんな仕上がりになるか、稽古もあと数日、お楽しみに。