少女人形舞台

少女人形舞台 LOVE ME DOLL 「男だって人形になりたい時があるさ」

青山2ラジオのカウンターで、少女人形舞台のコンセプトを熱く語った僕に、長い付き合いのYがウィスパー42%の低音で呟いた。

「違うんだなあ、願望じゃあないんだよ。美少女たちが、人形となって舞台に生きるんだよ。見えないガラスの糸に操られ、見えない薔薇の迷宮を旅する美少女たちが、観客と一体となったとき、絢爛の世界がその姿を現世に現すんだ!」

「弥勒菩薩の降臨かよ。お前、マティニー一杯で悪酔いしたのか?」

「悲しいなあ、お前には美少女だけが作り出す芸術の世界が理解出来ないのか」

「そんな夢ばっかり見てるから、ビンボーなんだよ」

 酒も食事もご馳走になってばかりいる僕は、それを言われると何も言えない。

こうなったら、現実の舞台を作って見せてやるしかない。

あの青山の夜から3年が過ぎた。

 たくさんのプロダクションさんの協力で、出演者が決定し、昨日顔合わせに漕ぎつけた。2月2日、3日の新宿ホリディでの前夜祭から、稽古に入り、一歩一歩実現に近づいていく。そして、3月17日、銀座みゆき館劇場で「少女人形舞台 LOVE ME DOLL」の幕があがる。

 長い道のりかつかの間の出来事か、それは終わってから考えることにしている。観念と感覚が違うように、あらゆる物事には原因と理由が存在する。ポストが何故赤いか?と問われて、目立つように、と答えるのは理由であり、赤いペンキで塗ってあるから、と答えるのは原因である。

 遅刻して、上司に何故遅刻した?と問われて、電車が遅れて、とか、寝坊して、と答えるのは原因である。当然上司は怒る。しかし、理由は言えない。もっと怒られるだろう。何か面倒くさくて、とか、急ぎたくなくて、とか、会社面白くないもん、などと答えられるのはポケットに辞表がある時くらいだろう。いや、それでも、本当の理由はなかなか言えない。おっと、話が脱線してしまった。

 人は経験から学ぶことが沢山ある。稽古途中でイライラ怒っていた僕も、原因と理由の二つの答えを考えるようになって、随分穏やかに過ごすことが出来るようになった。だからといって、それが成長だとも言い切れない。まだまだ、やらなければならないことは山ほどある。今日も一歩、ようやく進んだだけだ。