和語と万葉集と方言

九州を廻ると、その方言の豊かさに驚く。

日本語が万葉集から和語として形作られたことに異論はないであろう。

千年を経て文字として残っているので疑いようもない。

それに比べて、日本列島の北から南に広がる多彩な方言は、

語り継がれてゆくうちに大きく変化しているかもしれない。

”ああたぁ、どけぇ行きんさるちょ?”語尾のあがった柔らかな、長崎か熊本か判断できない、

老婆の優雅な言葉に、ぼくは万葉時代の官女を幻視した。

万葉集には夫が妻を”こなた”と呼び、妻が夫を”かなた”と呼ぶ歌がある。

ああた、というのは、かなたの変形なのだろう。かなたがあなたになり、やがてああたになったのだ。

”はい、佐世保から熊本へまいります”思わず笑みがこぼれた。

誰かが語り継がねば方言は跡形もなく標準語という東京のある区域の言葉に飲み込まれてしまうだろう。

高校の演劇部の30年も後輩のミートボール岡部くんは、肥後にわかという伝統芝居の劇団で活動している。

それはそれで素敵なことだと思うが、芸名のとおり巨漢のミートボールくんに、セルバンテスのドン・キホーテから、

サンチョ・パンサのひとり芝居を演ってもらいたくて台本を渡した。ぼくの劇団では片山竜太郎が長岡弁で演じている。

もちろん、ミートボールくんには熊本弁で演って欲しいと伝えた。実に楽しみである。