積乱雲を懐かしむ

 夏休みも終わりに近づく頃、遠雷に午睡を起こされ、

縁側から東の峰を眺めると、みごとな入道雲が天高くわき上がっていて思わず息を呑んだ。

それでも飛び起きては再び川へ走った。

あれは小学5年生の夏、四方山に囲まれた小さな村を流れる清流で、毎日毎日飽きずに泳いだ。

あの夏は、群れてはいなかった。ただひたすら独りで泳いだ。

朝から夕暮れまでよくも飽きずに泳げるものだと母はため息をつきながら、

冷えた西瓜や茹で立てのトウモロコシを用意してくれた。

その泳ぎが功を奏したのか、その年の冬、ぼくは青年団のマラソン大会に特別参加して優勝した。

カモシカ少年ともてはやされたが、父が走ることを禁じて、ぼくのマラソン人生は終わった。

ぼくの望むことはすべて許して援助してくれた父が、人生で一度だけ猛反対したのが走ることだった。

成績優秀なマラソン選手だった親戚の大学生が肺を患って 亡くなっていたことは後に知った。

人生に「もし?」はない。1本の道を前に進むだけだ。だが、ぼくは欲張って、

あれやこれやと手を出してきた。

東京では見ることの叶わない九州山脈の峰にわきあがる積乱雲を懐かしむとき、

ぼくは、今もあの夏が続いていることを実感する。

ぼくは今日も、黙々と人生を泳ぎ続けているのだ。