水は低きに流れるが

 水は低きに流れるが、人の想いは高きを目指すべきだろう。

と、つぶやいてみた。

待ち合わせに指定されたホテルのロビーはSPを従えたた要人たちが群れていた。

田舎のホテルと侮ったわけではないが、国土強靭化計画の中心人物の本拠地だったことを失念していた。

大きな流れに逆らっているのではない。ただ、風の生まれる森という歌を作り、

それを映画に撮りたいだけだ。それも、和歌山の友人との小さな約束を果たしたい一心である。

ひとり、またひとり、賛同してくれる人が増えている。汗をかくことを厭わぬ人の笑顔が嬉しい。

始まったばかりだ。しかし、残された時間は少ない。 ぼくはまだここに生きている!

向き合ってはじめて、その人を知る。

 和歌山にいる。朝から空模様があやしい。

ああ、幾人がぼくを知っているというのだろう。

そしてぼくは幾人を本当に知っているのだ。

噂に惑わされて生きている人は悲しい。

しかし、それが現実ならば、その波の中を泳がねばならない。

友人の少ない友人が、言った。

”友だちは少ない方がいい”

その声は限りなくさびしそうに聴こえた。

この世には光りと影がある。

光りの中から陰をみるのと、陰から光りを見るのとでは見え方が違う。

和歌山に来て初日から、素敵な方々にお会いした。

今日もぼくは素敵な方々にお会いする。 

明日は西へ

 雨は降ったり止んだり、ぼくは走ったり歩いたり、

なんとなく忙しくて、なんとなく寝不足で、

はっきりした原因はなく、焦燥感が胸を苛んで、

梅雨時だからと自分を慰めて、つとめて笑顔で、六月が終わった。

梅雨はいまだ明けず、大型台風の近づく予報。

 きっと西へ向かう頃には台風の真っ只中であろう。

それでもぼくは希望を抱いて 西へ向かう。

信じること。今はそれだけだ。