女優

 高校演劇時代のはるか昔から、劇団の修行時代、

そして劇団創設を共にした同士まで、あまたの女優に接してきた。

今日、18歳の新進女優の一人芝居旗揚げ公演に立ち会った。

初日の観客は多くはなかった。しかも、決して芝居がうまいわけではない。

しかし、劇場は熱気に包まれ、そこは新しい時代を切り開くであろう”女優”誕生の聖地であった。

1時間の一人芝居に、観客の誰もが、瞬きも忘れて見入った。

第二部の舞踊ショーに入るまえの10分間の休憩で、

何人かの観客と会話する機会があった。いずれも、ぼくと同じく言葉をなくしていた。

感動?衝撃?18歳? ある方がつぶやいた。

「これが、女優なんですね… 」

日曜日まで4公演、絶対観たほうがいい!

3年後、5年後、彼女はもっと上手くなっているだろう。

だが、今、このとき、18歳の女優が全身全霊で表現する舞台に、あなたも立ち会うべきだ。

尚、2部に友情出演する少女人形舞台の西本嬢、藤原嬢、柏木嬢、

こちらも宴では見ることのない別物の”魅力”を存分に発揮されていた。

1時間40分は、それこそ瞬く間であった。

観客の女性が、今感想は書けないから郵送します、と、アンケート用紙を持ち帰られた。

さあ、出陣!

 これから、今年の、いや、今後の活動を左右する面談に出かける。

だが、一人ではない。支えてくれる友と理解ある相棒が左右にいる。

そして、後陣には俳優、スタッフ、親はないが姉妹もいる。

孤独感に苛まれるとき、ぼくは脳裏に浮かぶひとりひとりの名をつぶやく。

”この死にぞこないが”と、罵倒されたことより、”頑張れ”と励ましてくれた人を忘れない。

人を呪わば穴二つだ。他人の所為にして良いことは何ひとつ無い。

と思うのだが、すべて自分で背負うのは重いぞ!

苦しい時こそ、空に向かい、地に向かい、腹の底から笑おう。

どう転ぼうが、それも人生。

T沢くん、先日は来てくれて本当にありがとう。勇気百倍だよ!

睡眠と覚醒

 最近、午後の3時を過ぎると何故か眠くなる。

夢見心地という言葉があるが、そんな感じだ。

身体が温かくなり、気持ちがふんわりしてくる。

ぼくは惰眠という言葉が好きではない。

子供の頃は夢を見るのが怖くて眠るのが嫌だったが、

大人になってからは、眠るのが怠惰に思えてきた。

かといって、ぼくが眠るのも惜しんで働いているかというと間逆である。

どちらかというと、遊び呆けているほうだ。

睡魔に襲われるのが電車ならまだいいが、喫茶店などで打ち合わせ中だと困る。

今、朝の8時半、これから寝るところだが、こうしてパソコンに向かっていると寝そびれてしまう。

これが午後の眠気につながっているのだろう。

しかし、覚醒しているから良い脚本が書けるわけではない。

夢うつつでも面白い話が書ける場合もある。

「沈まない船」を書いた3日間、ぼくは殆ど正常な記憶はなかった。 

ただ、眠らないのは身体には良くないはずだ。

午後にうとうとしないためにも、しっかり睡眠をとるべし、という結論である。

おやすみなさい。

嗚呼、感激の夜

 なべ横のライブは、40年前の旧友をはじめ、素敵なお客様ばかりで、

歌いながら何度も感激で胸が詰まりました。

客席の思いやり温かさがステージに注がれるまなざしに乗って、

浜辺に優しく寄せる波のように、何とも言えない心地よさでした。

バンドの音やぼくの歌がどうとか、そんな次元をはるかに超えた時間と空間でした。

ライブはお客様で成り立つのだと、あれほど強く感じたことはありませんでした。

17曲用意していたのですが、何とか2時間と少しこぼれて歌い終えることができました。

お越しくださいました皆様には、本当に心から感謝いたします。

次回のライブはまだ未定ですが、早急に会場と日時を決めます。

 さて、今週は新進女優が立ち上げた劇団の旗揚げ公演です。

少女人形舞台にも所属する紅椿梗子一座、座長紅椿梗子の一人芝居と、

二部に少女人形舞台も参加しての舞踊ショー、

古き昭和の旅廻り一座を思わせる素敵な舞台になっています。

27日夜初日、28,29日昼夜2回公演、場所は新中野スタジオNOVです。

姉弟心中~デュアルハーツ~ 紅椿梗子一人芝居!

どうか皆様応援よろしくお願いします。 

嬉しい筋肉痛

お腹まわりを指摘されて早一週間、毎日が筋肉痛。

ライブは明日に迫っている。

17曲はぼくにとって今までにない曲数。

初めて演奏する曲もあり、譜面を書いたり直したり、慌ただしい。

そんな中で、声を張り上げると腹筋が痛い。笑っても痛い。

寝転んでも痛い。でも、緩んだ身体が締まるようで嬉しい。

こうやって健康おたくになってゆくのだろうか…。

66回目の夏も近い。明日はライブだ。

楽しい時間を過ごしていただけますよう、がんばりましょう!

まだ間に合うかな…

 先日銀座の画廊にご一緒した人生の先輩から、

”ちょっと体型がゆるんでないか?”と、指摘された。

その先輩は70歳を過ぎても学生時代のアイビーのまま、

体型もダンディそのものであるので、説得力がある。

若者たちと芝居の稽古をしていてさほど息切れもしないので、

緩んでいることに気付かなかったのだ。

それに、若者は心優しく、師匠を戒めてはくれない。

と、いうか関心すらない(といった方が正しい)だろう。

あれから、毎日4時間のストレッチを始めた。

もちろん、今までもシャドウボクシングや筋トレは欠かしていなかったのだが、

更に負荷を加えることにした。20代の身体に戻るのは不可能だが、

60代として身体を引き締めることは可能なはずだ。

しかし、いちど緩んだ身体は、そうた易く元には戻らないだろう。

この梅雨が明けるまでに、どこまで締まるか努力してみる。

この春、10歳も年下の友人に逝かれてしまったので、少し滅入っていた。

もう大丈夫!ライブまで1週間、飛ばして行こう!!

今回も素敵なメンバーと素敵なお客様に囲まれて、歌うよ~♪

今回の旅行かばん

キーボード:神津裕之

ギター :斎藤智善

ベース :藤原未来

コーラス、鳴り物:西本早希

6月21日 新中野スタジオNOV 18時半開演。 

ぼくがビンボーである理由?!

 ビンボー脱出の何か良い手がかりはないかと、

漠然と書棚に並んだ本の背表紙をながめていた。

書棚に出してあるのは愛蔵書のなかでもお気に入りである。机の周りに積まれたり、

押入れのダンボールにギュウギュウ詰めにされたままの可哀想な本もたくさんある。

ある一角に堂々と並んだ本の背表紙に眼がとまって、ぼくは愕然とした。

「日本遊戯史・酒井欣著・第一書房刊」「日本刑罰辞典・菊池克美著・新人物往来社刊」

「蕎麦史考・新島繁著・錦正社刊」「アイヌ文化史・金田一京助著・三省堂刊」

「栄光のワイン・アンドレ・シモン著・石川民三訳・東京書房社刊」「七夕と相撲の古代史・平林章仁著・h白水社刊」

ごらんのとおり、誰が読むの?何の役に立つの?と思われても仕方のない、

確かに何の役にも立たない、 それも千ページはある本ばかりである。

表記したのは一例で、書棚の殆どが、死刑類系や毒薬、一角獣、日本警察百年史裏話、

ビジネスに役立ちそうもない本ばかりである。

こんな本を真面目に読んで人生の貴重な時間を費やしていれば、

”そりゃぁ、ビンボーになるよな”と、ため息も出るね。

しかもね、暇な人は調べたら判るけど、高価な初版本や限定本ばかり。

かといって、今の時代に誰がこの値段で買い取ってくれるの?!

と、呆れられること確実。寺山修司が”書を捨て町へ出よ!”と忠告したとき、

ぼくは里吉しげみ先生と種村季弘先生の弟子で、書を捨てるわけにはいかなかったのだよ。

そして月日は流れ、ぼくはミラボー橋に佇む哀れなキリギリスとなってしまったのだ。

これではいけない、何とかしなくては!これからぼくはビンボー脱出の秘策を練ろう。

と、思った先から、書棚に面白い本を見つけた。

「北から来た黒船・ニコライ・ザドルノフ著・西本昭治訳・朝日新聞社刊」

ただ一隻の帆船で下田に来たロシア提督プチャーチン。

主な登場人物、ペリー、プチャーチン、プーシキン、筒井肥前守、川路左衛門尉、中浜万次郎、 

二段組で443ページ、朝まで読み終わらないだろう。

こうして貴重な人生の時間を浪費してしまうのだ。いかんなあ…

六月の雨の日

 あまりにもまともすぎるタイトルにため息。

降り続いた雨が今日は小休止。梅雨の間に間に、と いったところか。

今日は、ギャラリー銀座で開催中(~15日17時まで)の、画家の黒木洋子さんの個展を覘いてきた。

黒木さんの絵は幻想的で、どこか清楚な誠実さを醸し出しているのが、とても素敵です。

絵の中に触れてはいけない何かが塗り込められているようで、あまり注視すると眩暈がする。

青と白が基調の色だが、時おり朱色が小さくおののくように画布の隅にあったりすると、

妙な胸騒ぎがする。壁にかかった一枚の絵が、

ぼくらが人数と時間を費やして作る舞台に匹敵する物語を放射している。

いや、例え30号の画布でも、画家の費やす熱量はぼくらに負けていないのだ。

黒木さんは少女人形舞台の宴もご覧くださっているので、いつか、絵のような舞台美術をお願いできたらと思っている。

赤木圭一郎の”霧笛が俺を呼んでいる”を聴いて、涙がこぼれた。初めてだ。

時間は流れている。以前、速まる時間を滝に向かう流れではなく、離陸する上昇気流だと思えと書いた。

向かい風が強いのは、速度が増したからだろうか?

行く先は宇宙の果てだ。旅すがらに思い出すエピソードはたくさん出来た。

だが、まだ飛び立つわけにはいかない。作りかけの物語が山とある。

それに、まだ別れがたい人がたくさんいる。ライブも近い。~逢えるうちにおいでよ~

 

個人的な、あまりに些細な…

 子供の頃、夏は風呂に入るのが嫌だった。(水風呂は大好きだった)

そう、昼間さんざん泳いだり野山を駆け巡ったり遊びまわっていたので、

半端な日焼けではなかったからだ。大人はどうしてこんな熱い湯にはいるのだろうと怒りながら、

体温と変わらないくらいまで水で薄めた。もちろん釜焚きの田舎風呂である。

あがる頃には水風呂になっている。

ぼくの後に入る姉や母に怒られた。

大人になったら好きな温度で自由に風呂に入ることを夢見た。いや、

風呂に入らなくても誰にも怒られないだろうと思った。

ところが、結婚したら奥さんが母のかわりに、風呂を急かせた。

ただ、文明の利器が発達して、風呂の温度が自由に変えられるようになったし、

子供の頃のように背中まで真っ黒に日焼けすることもなくなったので、

体温までお湯の温度を下げる必要もなくなった。

一人暮らしになって15年、何もかもが自由になったはずなのに、

相変わらず、風呂だけは義務で入っている。だれからも強制されていないのに、

何故か風呂に入らなければ、と、強迫観念めいた気持ちになる。

今夜も、風呂に入る時間が近づいた。たまには湯船にお湯を溜めたまま、

入るのが嫌で朝になることがある。もちろん、冷たくなっているので、追い焚きして入る。

今でも40度を超えた風呂に入ると、大人になった気がして、我慢する自分に感心する。

だからゴルフ場の風呂も苦手だ。しかし、入らないと背中に絵でも描いているのではと思われるのでは、

と、気を回して仕方なく入る。

それともう一つ、ぼくは子供の頃から、海や川だけでなく風呂で潜るのが習慣だった。

小学生の頃でも3分は余裕で潜れた。全盛期は5、6分平気で潜った 。

今でも4分は潜る。地下鉄の駅一区間は息を止めていることが出来る。

ぼくは何を自慢しているのだろう。あまりにも個人的なことなので、

ブログに書くようなことではないかも知れない。

梅雨入りして、この気圧が頚椎を圧迫し、ぼくにとっては地獄の季節が始まった。

21日のライブでおかしなことを口走らないよう気をつけよう。

深い夜の中で(そのⅡ)

 ユリシーズの一節を朗々と詠いあげる新御茶ノ水博士。*別紙参照

山田マモル、ぼんやり沈み行く夕日を見ている。

新茶博士「いいかね、マモルくん。いま、君がぼんやり見ている夕日を、

その沈み行く速度と一緒に君が夕日に向かって走り続ければ、

きみはその美しい景色を永遠に見続けることが出来るのだよ」

マモル  「永遠にですか…」

新茶博士「 そう、それが永遠ということなのだよ。

マモル君。ぼくはね、あのかぐや姫もなし得なかった月への帰還を、

      月子くんに成し遂げてもらいたいのだよ。月子くんの萎えた右足に三千人、左足に三千人、

     月の住人の末裔たちを連れて、満々と水を湛えた月に帰したいのだよ」

マモル 「博士、地球は?ぼくらの住む地球はどうなるんですか?!」

新茶博士「月に水を奪われた地球は、天変地異によってすべての生物が死滅し、

      いま天空に浮かぶ月のようになってしまうだろう」

マモル 「そんな、そんなバカな! たった六千人と月子さんとあの知恵遅れの弟や芋畑のキチガイたちのために?

      60億の人類が滅びるんですか?」

新茶博士「マモルくん!そろそろ始まるぞ!太古の昔に地球に奪われた海を月が取り返すときがきたのだ!」

突風に引き裂かれる博士とマモル。

マモル  「博士!」

新茶博士「マモルくーん!ぼくは、ぼくは、君が*‘+#$%”(轟音に掻き消される!!)

マモル  「はあー?!博士、何ですか?!」

新茶博士「ぼくは、君が(渾身で)だいすきだ!!!」

マモル 「ぼくも、博士が大好きでーす!」

ふたり、舞台上手下手に吹き飛ばされて消える。

中央の幕が切って落とされ、宙を飛ぶロッキングチェアに凛々しく立ち上がった月子、

そして弟の俊夫くん、先祖がえりして月明かりの照となった体内探検隊リーダー月蟻隊長が共に空に舞い上がり、

大団円を迎える。{「朝倉薫作・裸月物語」}より。