薬が効きすぎても…

 常日頃医者嫌いで薬を飲まないので、飲んだ時に効きすぎる。

先日、歯科医院で痛み止めの抗生物質をもらった。

粉末を水で溶かして飲む1回で2週間は効くという強烈な薬。

食事の2時間後に飲み、それから2時間は飲食を摂らないことを厳守するという薬。

友人と昼食を摂り、2時間映画を観て時間をとり、喫茶店に寄って水をもらい、

薬を飲んだ。注文したハーブティも唇をしめす程度にした。

友人と別れ、家路に着いた。

確かに強烈だった。

意識は朦朧とし、手足はしびれ、猛烈な下痢、

薬壜のラベルを読むと、副作用が出るが短期間で治る、と書いてあった。

その短期間が3日続いている。確かに腫れは退き、痛みも和らいだ。

しかし、その副作用たるや経験したことのない恐怖だった。

前回の高熱での意識朦朧下では、台本も書き歌も作った。

今回の薬での朦朧では、何もする気にならず、ただ死の妄想に囚われていた。

昨日のブログもなにやら後ろ向きなことを書いているようだ。

まずいな。 やっぱりぼくには薬は向いていないようだ。

過去は消せないのに…。

 創立して23年になるぼくの劇団から、多くの若者が巣立っていった。

何もしてあげられなかったのにいまだに師と慕ってくれる俳優やスタッフもいれば、

至れり尽くせり実力以上の売出しをされても、経歴からすっぽり劇団の活動を消している者もいる。

そんな女優を何かの仕事で推薦されたことがあるが、先方もぼくがかかわっていることを知らず応募したのだろう。

劇団の活動を抹殺しているからには共に仕事は出来ないだろうと、そっとプロフィール用紙を外しておいた。

今日のブログは前向きではないようだ。悲しい… 

何をどう画策しようと、過去は消せないのだ。

ぼくは自分自身に言い聞かせる。

劇団を巣立っていったものたちに、誇れる存在となるよう精進しよう。

思えば、気まぐれにペンネームをいくつも変えてきた。ゴーストライターもやった。

しかし、劇団を立ち上げて、劇作・演出は朝倉薫、歌は竹内緑郎で通してきた。

多くはないが、まだ時間は ある。脚本を書き、芝居を作り、歌を作ろう。

次の目標は2017年の劇団25周年記念公演。

それまでに、少女人形舞台が世に認められるようがんばりたい。

彼女たちの今年の成長は著しい。伸び盛りの今こそが勝負だろう。

夏には「少女人形舞台」として映画出演も決まった。

過去を背負って、前向きに生きよう!

 

春の訪れを待てば

 冷たい雨が降ったり止んだり、春雨に濡れて参ろうという気分にはなれないが。

回復に向かっているであろう身体が疼いたり軋んだりするのに、

何故か心は弾んでくる。きっと、頬も緩んでいるのだろう。

A君がトラックで庭に積んである舞台装置やガラクタの山を運びだしてくれた。

このアパートに越して来て5度目の契約更新なので、8年もお世話になっている。

庭には8年間の舞台の残骸が陽の光りをさえぎるほど高く山になっていた。

そういえば、引っ越して来た春、Aくんが音頭をとって庭でバーベキューをやった 。

あれから8年、独身だったA君は結婚し、一児の父となり、着々と素敵な人生を作っている。

振り返ってぼくは、相変わらず一人暮らしで、ガラクタと夢現の中にいる。

すっかり空間が出来た庭を眺めながら、A君と暫し寛いだ。

さあ、今年も春が来た。夏を迎える前に、やることは山ほどある。

体力を取り戻したら走り出そう。心はすでに走り出しているのだから。

♪ SummerTime,And the livin’ is easy~

高熱で見る夢

 二度も続けて土砂降りの雨にずぶ濡れになりながら、

体力を過信してついに倒れた。

熱が出たので、熊楠よろしく風呂を48度まで上げて汗をしぼったり、

腕立て伏せなどで肉体を苛めた。

若い頃なら、夜明けと共に スカッと爽やかになったものだ。

独り暮らしなので、止める者もいない。熱湯に入っては倒れ、運動をしては倒れ、

何度も冥界の入り口らしいところを彷徨った。

不思議なのは、意識は朦朧ながらも、しっかり原稿は書いていたことだ。

某劇団の旗揚げ公演用脚本、VOL16になる少女人形舞台の台本、

挿入歌、新曲の作詞、など、いつの間にか仕上がっていた。

しかも、高熱で見る夢が面白くて、誰かに語らずにはいられない。

しかし、他人の夢ほど面白くないのも理解出来るので、迂闊には話せない。

そこで、2つほど書かせてもらう。

先ずは、日を置いて3回続いた夢。

一昨年亡くなった父が、家を建てると呼びに来た。

ぼくは、誰の家かも聞きそびれたまま、柱を担いだり、父の言うまま棟上を手伝った。

父は40~50代で明るく生き生きしていた。ぼくは父と同年代かもしくは少し年配だった。

二度目に見た夢の終わり頃、これはぼくの息子のための家ではないかと思った。

3度目になっても、家は一向に完成しなかった。棟上までしたのに、父はまだ柱を組んでいる。

父は家を完成させる気がないのではないか?と疑問が湧いたら、

その夢は終わった。

もう一つは、ぼくの演劇の師匠里吉しげみ先生が稽古場に差し入れを持って現れた夢。

これは2回目で終わった。

派手な模様の絽の羽織で、三段重ねの重箱を風呂敷に包んで、先生は颯爽と現われた。

重箱は極上の鰻だった。ところが、その二時間前、ぼくは内緒で鰻若でたらふく鰻を食べていたのだ。

師匠のご好意を袖には出来ず、ぼくは、劇団員に「さあ、みんなで頂こう!」

と、威勢良く声をかける。ところが、誰もぼくに遠慮して箸をつけないのだ。

「どうした?食べてくれ!」と師匠。「は、はい!」と、ぼく。

汗をびっしょりかいて目が覚めた。

2回目も状況はまったく同じで、劇団員が食べてくれない。

ぼくは師匠の着物を褒める。「どうした?食べてくれ!」

「みんな、師匠の差し入れ、いただこうじゃないか!」

ぼくは声をからして、目が覚めた。

若い頃と違うのがもうひとつ、昔なら4,5キロは落ちていた体重が、

1キロも落ちていないのだ。食事も摂らず、あれほど汗をかいたのに、

これはどうしたことだろう。すでに余分なものは無いということか…。