師匠の夢をみた朝…

 いまから44年前、ぼくは表参道にあった「劇団未来劇場」の稽古場で師匠に罵倒されていた。

ぼくはジーパンにTシャツで髪は背中まで伸ばして、

目ばかりぎらついた痩せた若者だった。

休憩中ギターを弾きながら寺山修司の歌を 歌ったのが罵倒の原因だった。

「そんな歌が歌いたいならテラシュウのところへ行っちまえ!」

「先生、許してください。ぼくは先生に演劇を教わりたいのです!」

ぼくは師匠に泣いて 謝った。

「ぼくはダンディズムを学びたいのです!」

「今いくら持っている?」

「はっ?200円です」

「今から帝国ホテルへ行って珈琲飲んで来い」

「えっ?この格好でですか?!」

「ああ、誰もお前の服装に文句を言う奴はいない」

ぼくは表参道から日比谷まで歩きながら思った。

”50円のラーメンなら4日分の昼食代だ。 それが珈琲一杯に消えるのか”

でも、師匠が言うからには行くしかない。

その頃のぼくにとって師匠里吉しげみは、まばゆいばかりの才能に溢れた憧れの新進劇作家だった。

ぼくにとっての稽古場は、並木橋ではなく表参道だったのだ。

帝国ホテルのラウンジで珈琲を飲んだあの日、ぼくはあらためて師匠の愛情を知った。

あれから44年、ぼくは師匠があれほど怒った寺山修司の詩を、月蝕歌劇団の舞台で詠う。

だが、ぼくはジーパン姿でもサンダル履きでもない。ボルサリーノに誂え物の背広だ。

この精一杯の虚勢を、 …師匠は許してくれるだろうか。

* * * 

2014年2月13日~17日、ザムザ阿佐ヶ谷にて。

月蝕歌劇団公演「家出のすすめー草迷宮 サード篇ー」作・寺山修司 演出・高取 英

竹内緑郎「アメリカよ」を詠う。

2014年、マケイヌバーに集う面々

 2月13日から新宿村LIVE劇場杮落とし公演で、「マケイヌバー」が上演される。

1984年のある日、街の片隅にひっそりとバー が開店する。

1994年の華やかな時代を経て、2004年にひっそりと閉店する。

笑いと涙、出会いと別れ、一人のバーテンダーが20年間にわたり目撃した、

バーのオーナー神戸城児と彼を取り巻く人たちの人生の物語である。 

今回の神戸城児役は、桑名美勇士くん。どんな芝居を見せてくれるかわくわくである。

城児の親友で脚本家の里見良介役に田中啓太くん。城児と良介の掛け合いも楽しみだ。

このブログに写真掲載が可能になったら、出演者の横顔を随時紹介したいと思う。

稽古は7日から始まる。演劇関係者はえっ?と驚かれるだろう。13日が初日なのである。

心配はご無用。今回の出演者たちなら、初日には見事な舞台に仕上げてくれる。

女優時種町子役は、前回も熱演してくれた塩山みさこ嬢、そして、

片山少年は 日本一の少年女優またか涼が演じるのだ。

前回かもめんたるの岩崎う大くんが演じてくれた音楽評論家村岡準役には、

よしもと新喜劇からヒッキー北風くんが参加する。

城児を悩ます元妻仁羽 晴美役に瀬戸絵理奈嬢、

新人女優伊武京子に新人葉月 嬢、城児がプロデュースする新人デュオに、

半田杏、祐葉の実力派新人歌手。

そして、重鎮プロデューサー松浦 圭子役に、この舞台が女優復活の鮎川まゆ美嬢。

この面々で面白くならないはずがない。

2014年2月13日、新宿村LIVEに新しい伝説を作る。

作・演出 朝倉 薫

制作:株式会社ぱれっと/株式会社SAYO

チケット予約は、チケットぴあ 0570-02-9999(Pコード434-925)

ローソンチケット 0570-084-003(Lコード :31834)

イープラスhttp://epulus.jp(ケイタイ&パソコン)

全席指定¥4500.

伝えたい味

 打ち合わせの合間に、今話題の日本酒「獺祭(だっさい)の話になった。

話題は最高に美味しいという酒の味ではなく、酒造元の社長の、

「人は、心からの感動や激しいショックを他人に伝えずにはいられない。

だから、本当に、衝撃的に美味しければ宣伝などいらない」という言葉だ。

それは真理だと思うが、辿り着くには並みの努力では足りない。

ただ精進あるのみだろう。励みになる言葉だ。

ぼくの住まいから歩いて10分ほどの路地に、近所で評判の豆腐屋がある。

そこの主人はまさに職人といった風情だが女将さんはそれに環をかけた職人肌で、

豆腐の美味さはもちろんだが、買う人を実に爽やかな気分にさせてくれる。

1丁120円の豆腐で利益がでるのかと、余計な心配までしてしまう。

月に一、二度、無性に豆腐が食べたくなったときは、わざわざ購いに行く。

今日は打ち合わせの帰り、駅から遠回りして豆腐を買いに寄った。

そこでケースのがんもどきを美味そうだとつぶやいたら、

女将さん、「今日の出来はひとさまに売るもんじゃないから」と、

豆腐のおまけに2個もつけてくれた。どうして?と訊くと、

「形が醜いから」という。味はどうかと訊くと、主人が、

「食べてみてください」 と笑った。

ぼくは素直にありがとうと礼を言って帰って来た。

豆腐は奴でも湯豆腐でも、煮付けでも何にしても美味しいに決まっているが、

がんもどきは、網で焼くか、昆布だしで煮たらきっと美味しいだろう。

時々思い出しては再現してみる母の料理に、ほうれん草の白合えがある。

すり鉢で豆腐をすりつぶし、さっと茹でたほうれん草と絡めて、白ゴマ、塩、砂糖をまぶし、

酒を少々たらして食べる。何とも言えない素朴で簡素な味が楽しめる。

そうだ、今宵は白合えにしよう。

こんがり焼いたがんもどきは、生姜醤油で熱々を食ったら美味いだろうなあ。

あの豆腐屋が店を閉めるのとぼくがこの世をおさらばするのと、

どちらが早いだろうと思いながら、冷たい風の中を帰って来た。

すこぶる体調がよろしい。こういうときは気をつけるべし、と、

最近凝っている六壬式占に出た。

占いですかとTくんに鼻で笑われそうだが、安倍晴明畏るべしである。

選挙権の無い子らは…

 子供は親を選べない。生まれてくる土地も人種も、貧富さえ選ぶことは出来ない。

九州の片田舎に生まれたぼくは子供の頃、TVやラジオや雑誌を通じて、

その情報の発信地 東京に限りなく憧れた。

敗戦から立ち直る途上にあった日本の大人たちは、子供のぼくから見たら、

皆生き生きと輝いて見えた。

選挙権が欲しいとは思わなかった。

何故なら、大人が輝く未来に連れていってくれると 子供心に信じていたからだ。

選挙権の無い子らに、ぼくらは何を教えるのだ。

せめて見苦しい足の引っ張り合いだ けは見せないで欲しい。

先ずは、未来のある子供たちを守る大人で居よう。

特にマスメディアに登場する諸君、屈するな。

遅くはない。まだ今なら間に合う。真実を語ろう!

君らは愚民を幸せに導くことの出来る選ばれた人間なのだから。

好き嫌いではなく、今は漏れた放射能を何とかしなくてはいけないのだ。

選挙権の無い子らのために。 

ゲームで金を取る時代は終わったのか?!

 「日本遊戯史・酒井欽著」は、その定義を始め古代から現代に至る遊戯を網羅した、

実に興味深い歴史書である。 分厚い本なのでぼくの書棚から借り出すひとはいない。

 確か’80年代の初頭、電話機を使ったオンラインゲームのシナリオを書いたときに資料で購入した。

あれから30年、任天堂やセガ、ソニーやマイクロソフトといった会社が大きく発展した。

先日新聞でゲーム業界の不振が深刻だという記事を読んで考えた。

フラフープやだっこちゃんのように一瞬の大旋風で消えるのが流行だとすれば、

電話やパソコンの無料ゲームは別として、ゲームセンターや有料のゲームはよく続いた方だろう。

遊びでも、別格の感動や衝撃を与えてくれるものは時代を超えて生き残るものだ。

野球、サッカー、囲碁将棋、かけっこだってウサイン・ボルトが走れば衝撃だ。

芸の世界も同様、感動と衝撃が別格であれば惜しみない賞賛を受けるだろう。

至高の人形遊戯だと思う”文楽”も、その出現は衝撃的だっただろう。

ぼくは文楽を観る感動と衝撃は今でも変わらないが、世間一般は関心が薄いようだ。

少女人形舞台は、どうなのだろう?別格でなければ無料ゲームにも勝てない。

新鮮な感動と衝撃、日々の精進だけでは足りない何かを、

ぼくらは見つけださなければならない。それが99%の仕事で、発表は1%に過ぎないのだ。

日差しが眩い冬の午後

 カーテンを開けると眩しい陽射しが部屋に広がった。

瞳孔は開かなくても充分に目が眩んだ。真冬の陽射しにしては強い。

パソコンを開いて今朝方書いた原稿を読み返す。

原稿用紙からパソコンに変えて、行ったり来たり、書いたり消したりが何倍も増えた 。

升目にインクが垂れたりペンだこの痛みもないかわりに、

一字一句の苦労とありがたみが薄れた気がする。 

作詞だけは今も仕上げに原稿用紙を使っている。

始めに書くのは新聞の端だったり、チラシの裏面だったり喫茶店のナプキン、

バーのコースターの裏だったり、文字が書ければ何にでも書く。

それにしても今日は陽射しが強い。

こんな日は公園の芝生に寝転んでうたた寝をするのが最高の贅沢だろう。

と、思いながら相変わらず時間に追われている。

何処かに月が浮かんでいるはずだと空を見上げたが、眩しい陽光にさえぎられて見つけることは出来なかった。

こんなに幸せな自分を不幸だ不幸だと嘆いていては誰かに失礼だろう。

mehr Licht!もっと光りを!

  人は死ぬとき瞳孔が開く。

したがって死ぬ瞬間に光りがあれば、まばゆいばかりの光りに包まれる。

もしくは目も眩む光りのシャワーを浴びるのだ。天国からのお迎えか、

極楽浄土へ旅立つ晴れの時だと思えるに違いない。

と、云ってもぼくは体験したことがないので、その日は明るい太陽か、

もしくは煌々とライトに照らされて迎えたい。

それで思い出したのだが、

かのドイツの文豪ゲーテが死の真際に言ったという有名な言葉”もっと光りを!”

ゲーテはメイア リヒト!と言ったあとに何を言ったかと、後世、

真面目、不真面目とりまぜていろいろ議論が尽きない。

暗い世相を嘆いたのだ、とか、文学に光りを、とかはコジツケで、

部屋が暗いから窓を開けて欲しかったというのが真実らしい。

 ゲーテは死ぬとき瞳孔が開くことを知っていたのかも知れない。

だから、まばゆいばかりの光りに包まれて死にたかったのではないだろうか。

と、思いたい。

死に際に”MORE MONEY!”と叫ぶ人は居るまいが…

ビンボー劇作家には冬の寒さが身に沁みる。

ぼくはいつから仰向けで眠れなくなったのか…

 撮影に入れるのかも定かでない映画の脚本に全精力を注いでいる中、

訳あって「概説日本演劇史(河竹繁俊・著)」を読み返した。

昭和41年6月の発行だから、47、8年前暗記するほど読み込んだ本だ。

国の形が成り立つ前の原始演劇から明治の新劇まで網羅してある力作である。

 ソファーで寝返りを打ちながら読んでいたら、ふと、まったく演劇とは関係ない、

寝相のことが気になった。

ぼくはいつから仰向けで眠れなくなったのか?…思い出せない。

 確か、概説日本演劇史を購った高校時代、ぼくは仰向けで眠れていた。

それは、当時ぼくは器械体操をやっていて、

O脚を矯正するために両膝をタオルで縛って寝ていたことを忘れていないからだ。

あのときは仰向けに眠れていた。

大学受験の冬、コタツで眠っていた頃も、あお向けで眠れていたはずだ。

では、いつから…30代、40代、50代、仰向けで眠れた記憶がない。

公園の芝生に仰向けでうたたねした 記憶も、20代の前半だったような気がする。

心理学的に分析すると、うつぶせや横になって寝るのは安眠では なく、

まだ戦闘態勢にあるらしい。特に60代になってから、右か左か、

ぼくは必ず横向きに寝ている。意識して仰向けになっても、決して眠れない。

今年の夢がひとつ増えた。

青空の下で公園の青い芝生に仰向けに寝転んで昼寝をしてみたい。

失われた時が戻らないように、ぼくはもう仰向けで眠ること が出来ないのだろうか…。

柩に納められるときが夢の叶うときだとしたら、洒落にならない。

果たしたい約束

 果たしたい約束はいくつもある。

今年は、その中の幾つを果たせるだろう。

簡単な約束から遠い約束まで、ノートにメモしている 約束だけでもそうとうある。

今日はYさんとの小さな約束が果たせた。

なかなか果たせないのがパリの友人とした、少女人形舞台をパリに連れて行く という約束。

今年はパリの前に、和歌山の淡島神社に奉納舞いに参じる約束が実現しそうである。

ハーレーでタクラマカンをドライブする、とか、マルセイユの夕日を見に連れて行く、とか、

もう忘れてしまった約束もたくさんある。

先日、某女優さんと78歳で心中したいと友人に話したら、相手は迷惑でしょう!と笑われた。

それまで健康でいなくてはならない、と真顔で云ったら、やっぱり変な奴だと笑われた。

笑われるということは幸せである。本当に健康は大切だ。

特に、酒の弱い男は無理して飲まないように。食道癌の70%は、無理して酒や煙草を呑む男がかかるらしい。

気が弱いことを隠して、無理に粋がった友人を何人も亡くした。

死に急ぐこともないと、先が見えたこの歳になって思う。

消費税廃止!国民投票を実施しよう!

やっぱり、消費税を廃止しよう!

美しい国つくりとは、こころの豊かな国つくりだと5年前にあべちゃんが云っていた。

正月に頭を打って、考えた。

何かというと外国では、という論法を振りかざす人がいるが、

ぼくらは外国に住んではいない。竹中くんとか、野田くんとか、

風向きが悪いと沈黙する前何とかくんとか、増税論者だけに税金を払ってもらおう!

98’年に自殺者が3万人に増えたが、このままだと今年はもっとつらくなる。

年貢の重さはビンボーになってみないと分からないから始末が悪い。

取り立てる悪代官は絹の着物なのだ。

悪代官諸君、 消費税を廃止するかわりに、絹の着物をしばらく我慢しよう。

ニュースキャスターくんたちや、大新聞の論説委員くんたちも、

官邸から盆暮れの背広代をもらうのを辞退しよう。

脚が達者なら、公用車を我慢して電車に乗ろう。

株で儲けた人はジャブジャブ浪費しよう。

社長も専務も、社員にがんがん報奨金をあげよう。

たかが一億三千万人、されど一億三千万人、

みんな幸せになっていいんだよ。

それぞれの幸せを胸に抱いて、微笑みあおう。

それから、他の国の人たちの幸せを考えよう。

何か、宮沢賢治が乗り移ったような気分で書いてしまった。