文化という便利な言葉

 昼前に目覚めて(寝るのは朝なので許していただきたい)、

気づいたら、何故かジョギングシューズを履いて走っていた。

準備体操もしないで走るのは身体に良くないと判っているが、

走り出していたのだから仕方がない。

30分も走るとフラフラになった。走りながら通り過ぎる町並みの見慣れた看板に、

あの店は味が濃かった、とか、朝から並んで焼きたてのパンを買ったなあ、とか、

凄腕の仕立て屋があったり本屋もあるのに、食の店ばかりに心が動いた。

食文化というのがある。食も学問になったり芸術になったりする。

文化がつくと、何でも高級なイメージとなる。いわゆる文化人、

文字で化かす人と書く。言葉が巧みな人で誠実そうに見える人は、大概尊敬される。

しかし、饒舌すぎてはいけない。そういうひとは落語家やニュースキャスターになればもてはやされる。

そういう文化人は一家言持っていて、食堂を推奨することがある。

ところが、評判の食堂でも、味が舌に合わないこともある。

一緒に食事をする人は同じ味を好むほうが楽しい。

なので、限られてくる。

ぼくのような一人暮らしは、 家族団らんがないので、

会食が次第に苦手になってくる。特に文化人との食事会は極力避ける。

そうすると誘われなくなり、今や、ほとんどが、劇団員やスタッフ、一握りの友人 となってしまった。

手作り文化、というのがある。コケシ、独楽、竹とんぼ、竹馬、折り紙、いろいろあるが、

少女人形舞台も、ひょっとすると手作り文化ではないだろうかと思った。

それにしては手間隙かかる(音楽、衣装、舞台、照明などなど)ので、手作り文化ではないかも知れない。

などと考えながら走っていたら、昼を過ぎてしまった。

片付いていない原稿を目の前に、庭の木漏れ日を眺めている。

今日の日和をインディアンサマー と呼ぶ。25年前に歌を作った。

♪カーディガン肩にかけ~ 自転車のペダル漕ぐ ~

庭のミミズだって、小春日和だって、みんな文化にしておくれ!

ロマンはロマンとして

 ロマンはロマンとして、一昨年のダービーを的中させてから、

予想を聞かれることが多くなった。天皇賞は馬連「7-9」で決まってホッとした。

ぼくは、勿論ロマンと心中したので惨敗である。

ちなみに、応援した馬は6着と13着だった。

競馬に絶対はないが、ロマンには絶対がある。

勝っても負けても、ひたむきな行為そのものがロマンへと昇華するのだ。

負け惜しみとか痩せ我慢とかで括らないで欲しい。

人間からロマンを取ったら、ただの生き物だ。

などとほざいている時間はない。

来月の4日に10ヶ月ぶりのライブが待っている。

歌いたい曲がありすぎて困っている。

ライブはロマンでは済まされない。

お客様と人生の貴重な時間を共有するのだ。

楽しいのだが、二度と取り戻せない時間だと思うと、緊張でヒリヒリする。

いつもピアノの神津裕之さんやベースの大堀薫さんに頼り切りなのだが、

今回は出来るだけ迷惑をかけないように、稽古に励もう!

1998年の秋

1998年秋、稀代の逃げ馬サイレントスズカは、トップジョッキー武豊を鞍上に、 単勝人気1.2倍で天皇賞レースのゲートに入った。 金鯱賞の鮮やかな大逃げの再現を誰もが疑わなかった。 人生最大の危機にあったぼくは、 ”ああ、ぼくの好きなステイゴールドはまた2着か”と、 ガランとなったリビングでひとり、ぼんやりTVの画面を観ていた。 伝説の競馬評論家大川慶次郎が、負ける要因がこれほど無い馬をみたことがない、とまで言い放っていた。 ゲートが開いた。1番人気で1枠1番に入ったサイレントスズカにとって、府中の2000mは勝って下さいと言わんばかりのレースだった。 すんなりと先頭にたったスズカは向こう正面で早くも2番手に10馬身の差をつけた。 観客もTV観戦者もただ手綱を握って跨る武豊を乗せて疾走するサイレントスズカに酔いしれた。 1000メートル通過タイムを実況アナウンサーが57秒と告げた。スズカにとっては驚くことではないタイムだった。 3コーナーを回り、完全独走で4コーナーに近づいた。残り800m、スズカが突然、そのスピードを落とした。”サイレントスズカ、故障発生か!”アナウンサーが絶叫した。 武豊を乗せたまま、スズカは馬群を見送って外ラチへ歩いた。 ”サイレントスズカ、左前脚手根骨粉砕骨折発症により予後不良安楽死” 新聞は勝ったオフサイドトラップよりも、サイレントスズカの死を大きくとりあげた。 ぼくの好きなステイゴールドは、またしても2着だった。 永遠の銀メダル馬と呼ばれたステイゴールドがその後種牡馬となって数々の名馬を産出すると、 あのとき誰が予測できただろうか? ”競馬に絶対はない”大川慶次郎が搾り出すように言った言葉が、あれほど重く聴こえたことはなかった。 後に、同レースに騎乗していた福永祐一が明かした。 「豊さんはその夜、浴びるように酒を飲んで”故障の原因?そんなものあるか!”とつぶやいた」 あれから15年、武豊も数々の試練を乗り越え復活の兆しを見せ始めている。 ぼくは、といえば、あの華やいだ季節の悪夢から覚めないまま、もがいている。 2013年秋、武豊は逃げ馬トウケイヘイローで天皇賞に挑戦する。 きっと、3番人気あたりであろう。しかも、トウケイは4歳の若駒、絶頂期はこの先にある。 第148回天皇賞・秋、ステイゴールドの仔ナカヤマナイトとオーシャンブルーも夢を追って走る。 トウケイヘイローの父ゴールドヘイローは大井で走っていた野武士である。 母ダンスクイーンは未登録馬、ビンボー人が夢を託すには充分過ぎる出自である。 3着の逃げ残りに賭ける馬券も面白いかもしれない。 それとも、2着が指定席だったステイゴールドの血脈に夢を託すか? 何が来ますか?と、知人から聞かれた。9番から1、7、16へ3点でいかがですか、と、答えた。 ロマンと馬券は別物か? いや、ロマンでしょう。 15年か…もういいだろう…

何も無いところから始まったのだ

 雨があがったようだ。

少女人形舞台の歌稽古があるので、これからスタジオに向かう。

すべては何も無いところから始まったのだ。

形あるものは壊れる。形の無いものは壊れようがない。

廃墟に響く歌声を、何度繰り返して来たのだろう。

この手に銃も無く、徒党を組むには老いぼれた。

それでも何かに向かって吼える魂がある。

へこたれるもんか!と、雨空を仰いで呟いてみる。

酉の市が近づけば…

  めぐり来る行事で季節を知ることもある。

それにしても速い。

劇団創立時から熊手を買っては毎年交換していた酉の市が、もうやってきた。

数えて22回目である。

初回から、クリスマス公演のメンバーを中心に、神社に詣でている。

今年はどんなメンバーが集まるのだろう。

毎年変わらぬ顔もあり、数年ぶりに顔をだす メンバーもいる。

懐かしい笑顔に喜びがこみ上げる。

消息を聞いて 、もう二度と逢えない顔を思い出すのはつらいものだ。

境内の屋台で飲む甘酒が胸に染み入る。

11月4日のライブの前の日が一の酉だと、友人が教えてくれた。

今年は三の酉まであるが、きっと最後の日になるだろう。

年々大きくなった熊手も、15年前に振り出しに戻った。

それからいっこうに大きくならない。

華やいだ季節は、そう簡単にめぐり来ないということだ。

それでも、ぼくは続けるだろう。

歌も、芝居も、この身体が自由に動く限り、何処までも。 

久々のライブ

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久々のライブです。遊びにいらしてください。

フライヤーの住所が間違っているらしい。

電話番号は正しいと思う。

ブーメランは初めてのライブスポットです。

お待ちしています。 

たまには泣きたい夜もある

 11月4日 夜7時からの高田馬場LOUNGE Boomerangでの、

竹内緑郎と旅行かばんライブのタイトルです。

♪華やぐ街の片隅で…江古田スケッチを歌います。

お問い合わせは03-3232-6506まで。

是非のお越しをお待ちします。

今回はピアノ神津裕之 ベース大堀薫 コーラス西本早希、

ゲストに岩尾摂子さん、萱沼千穂さんを迎えて、

しみじみと泣けるライブに。

 

かくれ里への旅

 随筆家白洲正子の著書「かくれ里」に紹介されている紀伊和歌山かつらぎ町天野へ、

何かに導かれるようにたどり着いた。

と、書くと、なにやら西行法師の気分になる。

東京を8日に発ち、熊本で父の一周忌法要を済ませ、

小倉で親睦会に招かれ、和歌山に着いたのは15日の夕暮れだった。

12月の6,7,8日に和歌山で竹内緑郎と旅行かばんのライブがあるので、

その打ち合わせとバンド(和歌山旅行かばん)の選曲に伺ったのだった。

台風26号のしっぽがまだ和歌山にも雨を降らせていた。

この企画の首謀者Sさんはとんでもない行動力と企画力をお持ちの方で、

本業は歯科医師らしいのだが、FMのDJは30数年も続けていらして、

バンド活動にライブハウスの経営、 企業のアドバイザー、芸術振興、

企画から実行まであらゆるジャンルを手がけておられる。

ぼくの「江古田スケッチ」も、36年間にわたってFM番組のテーマ曲で流していただいている。

そんなご縁から、招かれてライブを演ることになったのだが…。

なんと、その第一日目が、今年5月天野にオープンした リゾートHOTEL「天の里」での、

ディナーライブなのだ。

二日目はライブハウス「昭和青春館」にオープンする抹茶カフェの 記念ライブ、

そして最終日は、和歌山のフォークグループが出演する和歌山フォークジャンボリーのゲスト。

前置きが長くなって しまった。天の里での面白い逸話はまたの機会に。

今日は月蝕歌劇団の舞台を観に行く約束だった!

風が運ぶ秋

金木犀の香りが優しい風に運ばれてきた。

道行く人のまなざしも、降り注ぐ陽光も、

すべてが優しく思えて、口元が緩む。

父の一周忌も近く、そろそろ故郷に帰らねばならない。

千数百キロの距離を移動する手段はいくつもあるが、

飛行機なら一時間半で着いてしまうので味気ない。

疲れている時か急ぐ旅でしか利用したくない。

昔は18時間かけて夜行列車の旅があった。

汽車を降りると、石炭の煤で鼻の穴が真っ黒になっていた。

今は夜行バスがあるが、これは東京から大阪まで行って、

そこから熊本行きに乗り換える。考える時間はあるが楽しくはない。

竹芝桟橋からフェリーに乗る旅もある。太平洋側の沿岸を悠々と走る船旅もいい。

森の石松ではないが、同郷人と知り合って話が盛り上がったりする。

宮崎の日向港に着岸するので、そこから熊本までは車が必要だ。

何度か車を積んで行ったことがあるが、霧島高原をドライブしていると、

旅の目的を忘れて帰りたくなくなる。

九州新幹線が開通して、大阪乗換えで行ったら8時間で 着いて驚いた事がある。

早朝東京を発って昼過ぎに熊本に着き、迎えに来てくれた友人と昼食に美味い蕎麦を食べた。

何だか不思議な感覚だった。

そういえば、ニューヨークについて友人と昼食を食べた時の感覚に似ている。

距離的には考えられないほど離れているのに目の前に友人がいて談笑していることが 、

夢の中の出来事のように思えてならない。

さて、今回は父には申し訳ないが、あまり気の進まない旅なので困っている。

何の準備もしていないのに、時間は待ってくれない。

11月4日に久し振りの竹内緑郎ライブがある。そのリハーサルまでには帰京の予定です。

風に運ばれて行ったり来たり出来ればいいのに、と、

夢のようなことを考えている。相変わらずの人生です。

虹の彼方に

 井越有彩の舞台を観ての帰り、地下鉄を出ると、

見上げた空に大きな虹が架かっていた。

彼女の芝居を観たあと、何故か”虹の彼方に”のメロディが浮かんでいたので、

偶然が心地良かった。

 ミュージカルで虹の彼方にを歌ったのは10代のジュディ・ガーランドだったが、

井越有彩は、どちらかというと、ジュリー・アンドリュースの方が近いかな。

まだ16歳なので、女優としての可能性は虹のように広がっている。

当たり前のことだが、素直で礼儀正しいと誰からも愛される。

11月、12月と少女人形舞台の公演が続く。

より良い舞台を目指して精進しましょう!