草木がなびくように…

 よいこともわるいことも、草木がなびくように風の向きで変わる。

人間の場合、風の向きというのはほとんどマスコミがつくる。

それも一社ではなく、大手が一斉に右向け右をやる。

最近では富士山、友人が撮った写真をしみじみとながめていたぼくとしては、

何だか霊峰を踏み荒らされたようで気に食わない。

しかも、その写真を撮った友人までが浮かれてはしゃいでいる。

世界遺産登録は祝福しよう。だからこそ、変わらぬ景色を眺めたい。

ぼくにはつむじが3個も巻いているからか、行列に並ぶことが嫌いだった。

母はぼくが孤立することを心配するどころか、むしろ変わった子供だと喜んでいた。

当然のように少数派となってしまった。しかし、反対のための反対はしない。

草木がなびくような流行に、心身が合わないだけなのだ。

大手マスコミが乗ってくれるような企画を思いついても、ゴミ箱へ捨てる。

好きな芝居を作るということは、好きな人に”素敵”と褒めてもらいたいが為である。

しかし、興味のない人を振り向かせたいという欲望がないわけではない。

草木よ、たまにはこちらへなびいても許す。

どこまでも上から目線だな…

豊かなオノマトペ!

 バシャバシャと庭先に突然の雨音!ドッカーンと窓を震わす雷鳴!

雨宿り人の靴はビショビショ、雫がポタポタ、かばんを持つ手はニュルニュル、

ザワッと風が吹き、真っ暗な空はモワアーンと気圧をギュー縮(これはダジャレか)する。

日本では擬声語(ニャワワンとか)と擬態語(モゾモゾとか)を、ひっくるめて、

フランス語でオノマトペと称する。単なる幼児ことばから、意味不明の前衛小説造語、

最近はインターネットで、それはたくさんのオノマトペが飛び交っている。

 言語が通じなくても、ひょっとするとオノマトペで意思が通じるかも知れないというくらいある。

「ヒイヒイ、ハアハア」

「何?喉が渇いた?水を飲みたい?」

「ゲホゲホ、グラグラ」

「熱がありそうだな?熱中症か?」

「ピーポーパーポー!」

「救急車、呼んで欲しい?」

 これは、コントだな。現実なら状態を見ただけで救急車呼ぶだろう!

と、突っ込んでみる。

これから少女人形舞台のライブだというのに、出かけようとした矢先に、

大雨だ。ショボーン、止むまで待とうホッチキス。

ぼくも少し熱があるようだ。

映画と舞台

 シットコムを連続で上演していると、スケールの大きな映画的舞台をやりたくなる。

映画を製作する予算はないので、あくまでも映画的な舞台をである。

当然、場面転換が多くなり、予算は膨らむ。そこで、

ホリゾントに映像を映し込んでのセット節約と暗転時間の短縮を図る。

ところが、それが意外に効果があったりする。

8月公演「遥かなるミドルガルズ」は、学園ドラマから異次元空間での活劇に発展する、

ミュージカル風奇想天外ファンタジーである。

麻草郁くんの脚本は映画にしたら面白いだろうと思う舞台設定なので、

展開するセットを作っていたら製作費がたいへんなことになる。

そこで、今日は美術もお願いしている脚本家と打ち合わせをして、

場面転換に映像を多用することにした。

舞台もより広く使えるので、ダンスシーンや格闘シーンが伸び伸び動ける。

セット交換もいらないし、裏方も少なくて済む。良い事尽くめである。

 欲しい映像を書き出してくれと言われたので、台本を読みながら書き出している。

青空から一転、黒雲に竜巻、巨大な海賊旗、海、ジャングル、滑走して空に舞い上がる船、

あの世とこの世の境目のような空間。

まてよ、居ないのは俳優だけで、これって映画じゃないか?押さえて押さえて、

ぼくは映画を作りたいわけじゃない。そうだ、街の公園から遥かに仰ぐ丘の上の校舎、

これなら舞台装置と呼べるだろう。と、遠慮しながら欲しいセットを思い浮かべている。

だが、どうしても装置として作りたい物がある。それは主人公たちが乗る天翔ける船!

3人乗りの今だ見たこともない宇宙船を、美術さんに依頼した。

さて、どんな船が出来るか楽しみである。

26日に配役が決定する。読み合わせも楽しみだ。

その前に、25日は少女人形舞台。こちらも素敵な仕上がり具合です。お楽しみに!

限界の向こうにある景色

 シアターブラッツ公演「遥かなるミドルガルズ」の初顔合わせ。

自己紹介から、仮役での読み合わせをして、

出来上がってきたエンディング曲を出演者一人一人に歌ってもらった。

瞬く間の3時間だった。舞台初日が8月21日なので、まだまだ先は長い。

次回の稽古日26日までに配役を決定し、フライヤー制作に入る。

 昨日、劇団の真一涼が出演する舞台「笑う警官」を笹塚ファクトリーで観て来た。

大人の俳優に伍して真一涼も頑張っていた。7月は月蝕歌劇団に出演し、

8月はぼくの公演がある。次々と限界を打ち破っているのが目に見える。

今、真一涼は舞台の度に現れる新しい景色が楽しくてたまらない状況にあると思う。

4月公演もそうだが、現在のぼくの舞台では真一涼は最年長である。それでも、

驕ることなく限界に挑戦してくれる。それに続く西本早希の意識も高まってきた。

歌も芝居も、限界の向こうにある景色が見えるまで頑張ってみるのだ。そうすれば、

命を懸けるという意味が、能書きではなく実感出来る。

早くたどり着ける人は幸せだ。

輝く瞳に囲まれて稽古が出来るぼくが、実は一番の幸せ者である。

25日は少女人形舞台、西本早希が命を懸けて踊り、

真一涼が命を懸けて歌うので、ぼくはひとりの観客になって痺れてしまう。

12歳の妖精清水ひめ乃、魅惑のヴァンパイア藤原未来、西本に負けない少女人形伏見梨沙、

柏木亜優美、初参加の夢乃菜摘、精鋭7人の少女人形舞台。宴も12夜となりました。

jacob’s Ladder

img_20130616_160057-1.jpg梅雨の間に…

 ヤコブが夢に見たという梯子は、天界と地上を天使が昇り降りしていたという。

21世紀の日本人は、そびえ立つ塔にスカイツリーと名付けて昇降している。

夢のような話を、人間は現実に変えてゆく。無駄なことだと批判されようが、

大量殺戮兵器を作ることに熱中するよりずっといいではないか。

出来るなら月と往来するムーンツリーも作って欲しいものだ。

先日、少女人形舞台を代表して清水ひめ乃にITNTVに出演して歌ってもらった。

その放送局がスカイツリーを見上げるところにあったので記念に一枚。

天使のような少女は12歳。彼女が女優として活躍する頃には、

ぼくはヤコブの梯子の向こうにいる。そんな淋しい気持ちを隠して、

「あんな塔を、サルの次郎がドールを背負って昇るんだ」

と、ぼくが言うと、彼女はまぶしそうに塔を見上げた。

猿回しのサルと腹話術の人形が火星の笛吹きをさがして旅をする、

人類と呼べる人間の絶滅した遠い未来の物語。

10月公演予定の舞台「LOVEMEDOLL」の話である。

6月25日の少女人形舞台幻奏の宴で、清水ひめ乃はひとり芝居を演じる。

会場は六本木Bee-hive (03-5786-3868) 開場は19時です。

お時間がありましたら、雨の六本木で少女人形たちのショーをご覧下さい。

駅から徒歩で5,6分です。

日本一の少年女優またか涼に西本早希、新人女優夢乃菜摘も特別出演。

Here in Heaven

 深夜にクラプトンのTears in Heavenを聴くと、

眠るためにブランディを呷っていた頃が、

記憶の底から苦渋を連れてこみ上げてくる。

 身体に合わないと判っていながら酒を呷るのをやめて、

健康になった。煙草も合わなかったようだ。やめてから食事が旨い。

 タマネギが苦手な親子と同席して、微笑ましかった。

親が苦手なら、子供に無理矢理食べさせたりしない。

二人でサラダからタマネギを取り除くのも楽しそうだった。

同席したら、だいたいぼくが食べてあげることにしている。

 音楽で、大好きなのに歌えない曲が2曲ある。

これは誰にも助けてもらえない。

1曲はイントロでこみ上げて、歌い出しで号泣してしまうからだ。

2曲目は、号泣どころか地の底に沈んでしまいそうになる。

それが、Tears in Heaven なのだ。

食べ物ではないので生活には困らないが、歌いたくなったとき困る。

号泣する曲は、”夜空の笛”。

幼年期の諸々が、笛の音に誘われて飛び出してくる。

記憶の底に封印したはずの悲しみが悪夢のように踊り出す。

何故大好きな歌なのに邪魔をするのか、そこには何か、

ぼくの忘れている重要な秘密が眠っているのかも知れない。

♪チィタカタッタ、チィタカタッタ、笛の音が~ダメだ!歌えない!!!

小劇場の俳優

 10年ほど前、若い照明家のSくんに仕事を依頼したとき、

”ぼくはマクドナルドの時給より安かったらやりません”と、

明快に言われたことがあった。そのSくんは、今や小劇場を経営し、

照明家としても、マクドナルドの時給とは比べようもない仕事をこなしている。

どんなに小さな劇場で公演しても、照明家や音響スタッフ、

舞台監督といった裏方は、しっかりとギャラを取り、仕事として成り立たせている。

商業演劇の俳優は仕事として成り立っているのに、

小劇場の俳優はそのほとんどがバイトをしながら舞台に立っているのが現状だ。

まだ駆け出しの若い俳優は修行だから耐えられるだろうが、

歳をとった小劇場の俳優にはバイト生活は辛いだろう。

”好きだから続けている”という声も聞くが、それでは趣味である。

そこそこ実力もある俳優が居酒屋でバイトをしている。

ぼくの劇団の後藤や片山や他の若手が、

「芝居だけで生活が出来るようになる」にはどうすればよいかを考えていたら、

4時間を過ごしてしまった。何のアイディアも引き出せなかった。

だからといって、その4時間が無駄だったとは思わない。

照明、音響、装置、舞台監督のように、絶対必要な”俳優”になるしかないのだ。

そうすれば、商業演劇や映像からも声がかかり、マクドナルドの時給以下ではやりません!と、

俳優も堂々といえるのだ。

それにしても、小劇場の俳優が小劇場の舞台だけで生活出来るシステムは出来ないだろうか?

小劇団で活動する演劇人なら誰もが考えることだろう。何の世界でも自立するのは大変なことだ。

諦めないで、頑張ろう!!

40数年も昔に同じ小劇団で演劇を学んだ先輩の訃報を聞いた。

あなたは素敵な俳優さんでした。

ご冥福を祈ります。合掌

覚悟に悲壮感はいらない!

 平田愛咲の歌を聴いて彼女から歌をとったら何もないであろう覚悟が感じ取れたことを、

少女人形舞台のメンバーに熱く語った。

どう説明したらいいのだろう。背水の陣、だとしても、

悲壮感のない、そこにいることを楽しみながら尚、

歌に対しての真摯な覚悟が伝わってくるのだ。

それと同様のことを、EXILEのATSUSHIがTVのインタビューで答えていたと聞いた。

自分から歌を取ったら”世界がモノクロームになってしまう”と。

表現は違うが、覚悟が見える。

彼が熱烈な支持を受けてしかるべき歌手であることは間違いない。

”芸”を追求するということは、つまるところ命を懸けるということだ。

歌であれ芝居であれダンスであれ、表現できるチャンスがあるだけで幸せだと思うなら、

ぼくを含めて、命を懸けて精進しなくては勿体無い。

あらためて、自分にも言い聞かせた。本当の覚悟が決まったら笑顔になれる。

そろそろ、夜明けがやって来そうだ。

長い夜を過ごした朝は、眩しい。

共に苦労をかけている仲間に、その眩しさを体験させたい。

今日も歴史の片隅で

 梅雨にしては久し振りの雨、台風が近づいているという予報もある。

恵の雨となるか、今のところ大地を湿らせる程度である。

そろそろビンボー劇作家の冠もはずしたい。が、一度ついたレッテルは、

そう簡単には剥がれてくれない。

抗うことはない。人にはさまざまな意見がある。ぼくはぼくでしかない。

それより、原稿が進まないのが問題だ。

こんなときに限って、通俗的な欲望がわきあがる。

カラオケに行って歌いたい、とか、ゴルフに行って汗をかきたい、とか、

ようするに、現実逃避である。ここで、欲望を振り切って原稿に向かうか、

逃げるかで、後の人生は大きく別れる。

このブログを書いている今さえも、機を逸している時間かも知れないのだ。

そろそろ戻ろう。

出来ることと出来ないことがある。

 8月公演「遥かなるミドルガルズ」のキャストを選考している。

前回公演での過ちは、完全にぼくの”慢心”だった。

マスコミで日の出の勢いの塾講師林先生の”失敗する奴の共通点三カ条”のひとつだ。

”どんなに芝居の出来ない新人でもぼくの演出で見せられるように作ってやる”と豪語しながら、

作ってやれなかった。目指すステージが実感出来ないと、共に汗を流すのは難しい。

今回のチケット料金は三千八百円をいただく。

その倍は満足していただける舞台を目指さないと、たどり着けない高さである。

脚本、音楽、美術、装置、劇場は問題ない。あとはぼくの演出と出演者の演技、歌、ダンス。

さあ、時間をかけて配役を想定してみよう。慢心ではなく、60%は自信がある。

残りの40%を作り上げてくれる出演者を選べるか、そこに尽きる。

平田愛咲はどうやって育ったのだろう。まだ若干22歳と聞いて驚いた。

そうそう、林先生のお説で、残り二つは、”情報不足”と”思い込み”らしい。

さすがに、受験戦争を勝ち抜かせる現代の諸葛孔明だ。

全部当てはまる時は要注意である。