友人の息子

 パリに住む親友の息子が大学を出て、日本語を学びに日本へやって来た。

 かれこれ20年前、親子でぼくのマンションに泊まったとき、風呂が小さいとわめいた息子だ。当時4,5歳だったから、もう立派な青年だ。当時はバブル全盛期、ぼくのマンションも120平米はあって、日本では決して狭い風呂ではなかった。どんな風呂に入っているんだ、と訊くと、泳げるよ、と答えた。そりゃプールだろう?というと、親友がすまなそうに、温水プールだと答えた。

 あれから20年、ぼくはビンボーになり果てたが、親友は更に成功し、息子の留学のために銀座にポンとマンションを買ったらしい。あのやんちゃだった息子が、礼儀ただしく”Rの息子です、お世話になります”と、電話してきた。さて、劇団の女優たちにフランス語を教えてくれたら日本語を教えてあげることにしよう。

GACKT・義経秘伝を観劇

 共演の早乙女太一くんが怪我をしていると聞いていたので、先ずは艶姿を観る事が出来てひと安心。と思う間もなく、心優しく気の弱い義経(GACKT)のおろおろ泣く場面が続く。ご一緒したご婦人が観劇後、”あんな甘い声で泣くGACKTがたまらなく可愛かった”とおっしゃった。そうか、凛々しいばかりが華ではないのだな。

 GACKTは先年”眠狂四郎”で、初代の市川雷蔵に勝るとも劣らない素晴らしい時代劇を演じてくれたが、今回は更に時代を遡って平安末期、それもただの時代劇ではないSFファンタジーに挑戦してくれた。副題にもMOON・SAGAとある。GACKTでなければ出来ない舞台が2本続いた。どうやらシリーズ物らしく、カーテンコールの緞帳に続くと出る。ぼくは、GACKTなら続きに拘らず、また新しい奇想天外な舞台に挑戦するだろうと思う。

 今回も、観客を楽しませようとする仕掛けが随所に見られた。ミュージカルではなく、ここで歌って欲しい、と思う場面が数箇所あった。コンサートやライブと一線を画しているのだろうが、GACKTなら歌っても許される。いや、歌って欲しい。圧倒される存在感が、劇作家の創作意欲をかきたてる。ロックシンガーGACKTに、往年のディビット・ボーイのようなミュージカルを演って欲しいと思うのはぼくだけではないだろう。

 舞台は10月2日まで、東京国際フォーラムCホールにて。是非、ご観劇あれ。

 

珈琲に砂糖3杯の理由を明かそう

 ぼくは生肉が食べられない。だから美食家ではない。

今年98歳になって尚健在な父は、昔から話が面白かった。

ぼくが小学校の頃など、父の話が訊きたくて放課後友だちが家に押しかけて来たりした。

淡々と話す父の話は面白いのだが、ぼくには随分弊害が残った。

そのひとつが、話を聞いてレアな肉を食べられなくなったこと。

 ここで書きたいが、ぼくのような人が増えると可哀想なので我慢する。

かわりに、ぼくが珈琲に砂糖を3杯入れる理由を書こう。

 もう50年も昔、日活青春映画全盛のころ、石原裕次郎主演「若い人」を、

姉に連れられて観に行った。映画館は超満員、熱気でクラクラするなかで見た裕次郎は素敵過ぎた。長崎の女学校に赴任してきた新米教師の裕次郎、同僚教師を演じるのは浅岡ルリ子、裕次郎を悩ませる問題児の生徒が、ニキビ顔の吉永小百合。その問題児小百合のことで下宿に相談に来たルリ子を喫茶店に誘う裕次郎。運ばれてきた珈琲に、裕次郎はスプーンで3杯砂糖をすくって入れてかき混ぜ、口に運んだ。映画館がどよめいたように感じたのはあとで思えばぼくの錯覚だったのだが、子供のぼくには衝撃だった。カッコ良すぎた。上目使いにルリ子を見ながら、珈琲に3杯砂糖を入れてかき混ぜる裕次郎の指が脳裏に焼きついた。大人になって珈琲を飲むスタイルがそこで決定した。

 数年後、高校生になってデートをした熊本は上通りの喫茶店岡田屋で、ぼくは裕次郎を思い出しながら、珈琲に砂糖を3杯入れてかき混ぜた。それをじっと見ていた彼女が言った。

「甘党なんだね」

「えっ?」 後には引けなかった。ぼくは甘すぎる珈琲を初めてとは気付かれないよう、うまそうに飲んで、言った。

「ブラックなんて気取ってるだけさ、砂糖は3杯だよ」

裕次郎の真似だなんて言えなかった。

以来、珈琲に砂糖を3杯入れ続けて47年になる。

怪訝な顔をされたことは数えきれない。

もう「若い人」を知っている人も少なくなった。

あの映画の浅岡ルリ子は、「甘党なんですね」とは言わなかった。

ただ眩しそうに裕次郎を見つめていた。

そういう人にめぐり合いたいと今でも思うことがある。

しかし、「甘党なんですね」という言葉にも慣れて、

「ええ、珈琲には砂糖3杯でしょう」と言う自分が、時折哀しくなる。

夏は今宵の雨に流されて…

 季節の変わり目では、夏から秋が一番感傷的になる。

メリーココが終って、雨が続いて、歯の治療とか、

ずぶずぶと心が沈んでしまった。

 何とか浮上せねばと、もがいている。

新しい仕事のこととか、11月の少女人形舞台のこととか、

前向きに考えようと必死になって…

 ああ、それでも、今年も夏は逝ってしまった。このそぼ降る雨にすっかり流されて…

永遠の館は無いと判ってはいるが…

 メリーココが今日で終る。新しい店になるらしい。人伝なので詳しくは判らないが、ぼくの「少女人形舞台」が最期のステージになる。

 少女たちには、最期のメリーココを悔いのないように果たそうと伝えた。新しいステージを求めての旅立ちである。よろしかったら、是非いらしてください。13時半、17時の二回公演です。

 HOTELサクラフルール青山1階メリーココにて。

 少女人形舞台幻奏の宴第七頁「人形のベル・エポック」

残暑に負けず

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 照り返しに眩暈がしそうな午後、暖簾をくぐった店に、清楚な花。その花の名は初雪草とある。楽屋見舞いの折を拵えてもらう間に、地獄のように(行ったことはないが)熱いお茶をご馳走になった。

 逆療法で暑さがすっと引いて、季節も遠い初雪草にうっとり。暫し時間が止まった。

 あれから5日、少女人形舞台の猛稽古が続いた。今日は13時から22時まで9時間ぶっ通しの稽古。少女たちの熱情は尽きない泉のようだ。もうすぐ14歳の誕生日を迎える澤田樹里亜は、13歳最期の舞台。しかも、メリーココも最期のショー。着流し姿のひとり芝居も、板につき始めた。西本早希のひとり芝居、梁島惇子と吉川沙緒梨の二人芝居も、熱が入ってきた。いよいよ仕上げにかかる。

 

月蝕歌劇団「花と蛇」観劇後記

 劇場は座・高円寺、地下に潜ること二階。アングラと称される演劇界の魔王”高取英”のその名は、遠く白夜の国まで轟くという。

 尽きることを知らない彼のエネルギーは、かの団鬼六まで捕らえて縦横無尽に料理し尽す。主演の三坂知絵子嬢の潔さは話に聞いてはいたが、目の当たりにすれば神々しいまでの熱演に感涙する他はない。また、森永理科嬢をはじめ月蝕女優陣の水を得た魚のように舞台狭しと歌い踊りその肢体に汗を煌かせるを観れば、客席で時を忘れる。映像では体験できない、演劇の原点を守り抜く高取英という才能を心から応援しよう。微々たる力ではあるが、来春のスロベニア公演の成功を祈る。公演は16日(日曜日)まで、座・高円寺2にて。

万葉と新古今(熱情を閉じ込めて)

 万葉私記(西郷信綱・著)と歴史の言い残したこと(唐木順三・著)を交互に読み返していたら、積年の疑問があぶり出し文字のように浮かんできた。たまには無茶な読書もするもんだね。歌人でも詩人でもない市井の好事家に過ぎないぼくがおこがましく古典を論じるのは恥ずかしいが、現代の表現で答えられるよう、何とか勉強しようと思ってきた。それでも、どうしても現代の言葉では伝えられない時代の壁を感じていた。それが、唐木さんと西郷さんを交互に読むと、あら不思議、時代を超えた”人間の想い”がいとも簡単にあぶりだされて、ぼくは暫し頬がゆるんだ。万葉が直木賞で新古今が芥川賞だよ、と、若い人に答えたら、研究者に叱られるかな?

 今稽古をしている人形のベル・エポックで、若い少女たちに素朴な疑問を投げかけられることがある。

”実存主義ってなんですか?”という疑問に、稽古中のこともあって、”現実ををしっかり見つめて今をしっかり生きていこうということだ。明日は明日の風が吹くからね”と、答えたが、納得していないようだった。

 しかし、少女人形舞台の芸は、能や文楽のような”秘めた熱情”を現代の歌や舞踊でうちに閉じ込めて表現しようというものだから、彼女たちが古典や哲学に興味を持ってくれるのはとても嬉しい。1分間に0.5度動いて30分踊る、なんてことを演っている少女たちに、ぼくは毎日感動している。そうだ、今日はそのリーダー西本早希嬢と制作のYさんの誕生日だった。しかも、お二人は鼠年、これも縁である。お誕生日おめでとう!

陽翳り館のマダム再び登場

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昨日から少女人形舞台「人形のベル・エポック」の稽古。またか涼の少年役と満月あいりの男装は定番だが、今回は澤田樹里亜も男装に挑戦。それもあでやかな着流し姿。梁島惇子と吉川沙緒梨も凸凹刑事に挑戦。衣装替えが大変だな。

 そして、前回から登場した陽翳り館のマダムが今回も登場(夜の部のみ)。三森万輝さんは9・28に中野サンプラザのショーも控えてお忙しい中、嬉しい参加です。人形たちを操る妖艶なマダム、人間なのか人形なのか判明しない不思議な存在です。

 少女人形舞台のリーダー西本早希も、今回一人芝居に挑戦。舞台LOVE ME DOLLに登場する図書館の女王を熱演します。少女人形舞台「人形のベル・エポック」は、9月22日土曜日、サクラフルール青山1Fメリーココにて、13時半、17時からの2回公演です。

始まりを待つ

 ようやく思考が思考らしく戻ってきて、今日は問題を抱えた会議に出席した。適切な発言が出来たかは先方の判断にゆだねるが、会議は来週水曜日に持ち越しとなった。

 友人知人のご心配に深く感謝します。付き合い辛い奴でしょうが、どうかお許しください。リセット出来ずに64年間を生きていると、物事が見えすぎて、憂鬱との戦いです。

 ♪優しい人だけ寄り添って住む そんな街があれば行きたい~♪(アルバム”セルビア林檎”飛べない天使・歌夏水リセ・ビクター音産)

 こんな歌を書いたのは30数年も昔なのに、いまだにこんなヤワな感傷で生きているぼくがいる。何かが始まっているのだろうが、さっぱり見えない。眠れない朝まで夢魔は追いかけてくるのです。