鳥は飛ぶために生まれたのではなく、飛ぶことしか知らない。という説

  この30年近く、ぼくは半径500メートルの界隈を転々と引っ越してくらしている。5軒目である現在の住居も早6年が過ぎた。平均居住年を超えた。

 原稿書きに疲れて珈琲を飲みに出かける喫茶店も、500メートル以内にあるが、現在の住まいからはちょっと遠い。去年まで自転車を駆って一走りしていたが、タイヤの空気が抜けてから自転車も放置したまま、今は歩いて出かける。どうしても、その店の珈琲を飲まないと落ち着かないのだ。だけど、歩くと遠い。

 銀座のランブルは別格だが、打ち合わせで入る渋谷や新宿の喫茶店では満足出来ない。味がどうこうではなく、趣味の問題だと思う。都内に旨いと評判の喫茶店は山ほどあるのだから。そういえば、新宿十二荘にあるMAXに寄ると、珈琲と共に必ずマーマレードジャムトーストを注文する。いつの間にか習慣になってしまった。ああ、こんな話を書いていたらマーマレードジャムトーストを食べたくなってしまった。書き上げなければいけない原稿があるときに限って、あれやこれや浮かんで、創作の邪魔をする。明日の夕方まで、ぼくはカンヅメなのです。しかし、締め切りというのがなかったら、永遠に書きあがっていなかった作品も多い(いやほとんどだろう)ので、締め切りは呪いつつも感謝している。ちょっと一服。

自分を捜すな!

 あのね、キミ、自分を見つめるとか自分を捜すとか、無駄なことはやめなさい。いくら自分を見つめたって、見えるのはニキビくらいなものだから。そんな時間を減らすだけでも随分楽になるよ。惑わされちゃダメだって言ったって、若いんだから仕方がない。ぼくみたいに残された時間が数えられるようになると、不思議に焦燥感まで失せるんだな。

 対象はなんであれ、外に向かうことがいいよ。確かに勇気が必要かも知れないが、対象なんて何でもいいんだ。ぼくは、少女人形舞台のメンバーに、フランス語を話せるようになって欲しいと頼んでいる。パリでショーを演るのが、当面の目標だからね。でも、その前に、少女人形舞台のことを、日本語で語れるようになって欲しいけどね。

 身体だけじゃなく、脳にも汗をかかせよう。スリムになるのは身体だけじゃダメなのさ。

伝言: UMEさんと連絡取りたいんだけど、手段がない。是非、劇団のHPに連絡ください。ボカロとか、教えを請いたいことが多々あります。ニコニコ動画で朗読小説を書いているのだが、飛び交うNET用語やボカロの世界のことなど、無知な旧人類さながらです。

西郷隆盛と西南の役

 深夜の六本木で友人と珈琲を飲みながら、関与したくない政治の話しになった。人は誰しも”志し”に酔う。”消費税増税に命を懸ける”という輩(言葉使いがおかしくないかい?ジャーナリスト諸君!政治家の動向より、原発反対のデモこそ取り上げろよ!)も、3年前は増税反対シロアリ退治を絶叫していたのだ。”志し”とか命を懸けるとか、芝居の脚本でも恥ずかしくて躊躇するけどね。

 だから、明治9年、維新の立役者西郷隆盛が政権を脱退し西南戦争にいたった経緯を調べれば、今回の騒動は良くわかるよ、と、友人に言っておいた。いつの世も、小賢しくて口のうまい声の大きい輩にかき回される。しかし、当時の瓦版屋や芸人の煽動より、現代のマスメディアの方がしたたかだろう。

 それにしても、日本人の93%が一日平均4時間テレビを見て、その理由が”テレビは真実を語るから”

というリサーチが真実だとしたら、7%の人間の思うままだな。

 古い話だが、ロシアのペトロフ将軍から満州の日本軍が預かったロマノフ王朝の金塊、昭和7年に高橋是清が溶かして使っちまったというが、どうも残りがあるらしい。あの頃の政治家は良し悪しは別にして本当に命を懸けていたんだな。ぼくは、ヨコハマ山田ガラス工場の倉庫地下に眠っている、という仮説で戯曲を書いて上演したことがある。「ガラス工場にセレナーデ」(1998年シアターサンモール劇場)

大阪で踏まれた足

 二ヶ月近く前になる。

大阪の地下鉄御堂筋線で、和歌山へ向かう途中、朝のラッシュアワーに乗り合わせ、ハイヒールの女性に足を踏まれた。あまりの痛さに顔をしかめている隙に、その女性は謝りもしないで人の波に紛れて消えた。

 足元を見ると、靴の革が剥けていた。激痛の中、しばし、因果を考えた。まず、ラッシュに乗ったことが第一の原因、次に、地下鉄を急停止させた運転手の下手さが第二、よろけた女性が大柄だったこと、それを避けられなかったぼくの反射神経の衰え、と、思考するうちに痛みはやわらいだ。

 今も、ぼくの左足の小指の爪は真っ黒に変色している。骨に異常がなかったのが幸いであったと思うしかない。ただ、革の剥けたぼくの靴は、30年間美しく履いていて、メンテナンスに出す度に、”こんな裁縫の靴は現在作られていないので大切に履くように!”と、靴屋さんに念を押される、ギターと同様、大事にしてきた物なのだ。

 勿論、形あるものはいつかは消える。人生は儚く残酷であることは百も承知だが、足の痛みや傷よりも、何故か靴が心残りである。足を踏んだ女性が一言謝ったとて、靴は元には戻らない。だから、彼女に怒りはない。地下鉄の運転手も、運転が上手になってくれと願うだけだ。

 すべては自分の行動にある。和歌山には12時に着けばよかったので、あと一時間電車を遅らせて乗ればよかっただけだ。そうすれば、喫茶店で短編の一つも生まれたかも知れない。哀しいことに、後戻りは出来ない。今日一日をどう生きるか?すべては自分次第なのである。今日最後の打ち合わせは23時に六本木、多分日付をまたぐことになるだろう。終電近い帰りの地下鉄はいつも満員だ。足元に注意しよう!

 

一日中竹内緑郎!

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”竹内緑郎と旅行かばん”で35年前に発売された「江古田スケッチ」という曲が、メグCDとかで発売されるらしい。そこで、”ウインナーコーヒーのミルク加減”と歌ってしまった歌詞を”ウインナーコーヒーのクリーム加減”と、歌い直してレコーディングした。

 ギターから録り始めて、一日中竹内緑郎になりきってスタジオに篭った。懐かしいメンバーもやってきて、ディレクターは今や伝説の高橋隆氏が引き受けてくれ、引き締まった緊張感の中で、一切の妥協を排除して…さすがに、疲れた。

 そして、夜が明け、今日は、麻草郁くんが共同脚本・演出している舞台を観に行った。かなり遠い世界の物語なので、たぐり寄せるエネルギーも枯渇し、ぼくは客席に沈んだ。

 朦朧としながら、ぼくは10万年後にも人類が生存しているとしたら、どんなメッセージを残せるだろうか?などと考えた。原子力発電所は消滅していても放射性廃棄物は残る。”ゴメンネ、無責任にこんなもの残しちゃって”などと軽々しく残したら、時空を超えて未来人が復讐に来るかも知れない。いや、今やってきて、この人類の暴挙を止めて欲しい。貝塚に貝殻を残すのとはワケが違うことを、聡明なリーダーたちが気付かないはずはない。彼らは悪魔に魂を売り渡したのだろうか?官邸から夏冬の背広代を貰っている記者クラブのやからも、したり顔のニュースキャスターと呼ばれる輩も、知識人たちも、勿論、ぼくも、未来人から処罰されよう!客席で泣いていたら舞台の幕が下りた。麻草郁くんと廊下ですれ違ったので、カーテンコールが素敵だったと伝えて劇場を後にした。

 明日は、少女人形舞台の顔合わせ。朝倉薫です!

この身体はひとつ

 6月に行くはずだったパリの友人からは”どうして来ないんだ”と怒られ、出版社のN氏は”パリから絵葉書をくれると言ったのに”と、嘘つき呼ばわりしているらしい。

 今年は、めまぐるしく状況が変化して、思うようにならないのだよ。パリ行きを止めて演るはずだった7月の和歌山ライブまで延期になるし、急にニコニコ動画で毎週朗読劇を書き始めて…、もう7週分も書いた。

 おかげで、35年来の歌を再録音することにもなったし、少女人形舞台は面白いし、劇団の俳優たちもそれぞれの舞台に頑張っているし、決して悲観する状況ではない。パリも和歌山もいつだって行ける。嘘つき呼ばわりのN氏にも絵葉書を書く。身体はひとつしかないのだから、目の前のことから片付けていこう。

14.jpgテーブルの写真は32年前のぼく。

 

人形より愛らしく!

 この世にないものが生まれるとき、幾つもの偶然が重なり、

それはあたかも必然だったかのように、みごとに調和する。

 人形より愛らしく、人形より人形らしく!

しかし、その表現は決して二元論であってはならない。

人形と人間、光と影、情感と虚無、対立で生まれる葛藤の形成なら、

少女たちには容易いことだろう。

 人形より愛らしい?すでに二元論ではないかと疑問をお持ちくださるな。死の淵を永遠に覘き見ることのない人形の美しさは、ともすれば”白痴的”に見える。情感を持った人間だけが、それを克服出来るのです。

 少女人形舞台は、日々稽古に明け暮れる。

眼に見えない努力を続けることで、いつか形が見えてくる。

信じるしかない。

♪遥か彼方へ旅をしましょう、私を抱いてお連れください♪

~こもれび物語第二章~夏空の孤独

 ニコニコ動画の朗読劇を書き始めて、一週間が更に速く過ぎ去るように感じる。こもれび物語も先週で五回目、今週の原稿は先週渡してあるので、来週用の第七回目で第一章「初夏のこもれび」が終了。

 第二章「夏空の孤独」のシノプシスを書いている。主人公伊波由紀は中学時代、ハイジャンプで県の記録を作った女の子。高校で再び陸上部に入って、なまった身体を鍛えなおすまでが第一部。そして、第二部は、秋の大会を目指しての夏合宿。ロックバンドのギタリストを目指し、高校を3日で中退して東京へ去った幼馴染羽田共介との再会。ハイジャンプのライバル長井陽子のアクシデント、ドイツ出張中の父の一時帰国、姉の恋愛問題、などなど、第二章は波乱含みの展開。まずは、第一章が無事に完結するよう仕上げに入ります

 水曜日の夜9時はニコニコ生放送”夜のアイドル読書会”をお楽しみに!

夢見る時代を過ぎて・伏見梨沙の幻奏ドール

 人は、夜空に浮かぶ月を見上げて、”ああ、月へ行って見たい”と、夢見る時代があった。

 二通りの人間がいる。”月に行けるわけがない”と、あきらめる人。

”どうやったら行けるのだろう”と、考える人。

 あきらめる人は悩まなくて済む。しかし、そこに創造はない。

”どうやったら行けるだろうか”そこから創造が生まれる。

 「少女人形舞台」も、ただ夢見る時代は過ぎた。ひとつひとつが実現され、具体的な行動のなかから新しい発見も生まれている。3年前、銀座みゆき館劇場に初めて参加した伏見梨沙嬢は中学生だった。今や、その人形ぶりは絶賛されるまでになり、西本嬢のなくてはならないパートナーとなった。

 もちろん、素材としての素晴らしさは、首や手足の細さとして兼ね備えていた。しかし、あの微妙な人形の動きの表現力は、”夢見るだけ”では出来ないだろう。”どうやったら、もっと人形らしく出来るだろう”と、彼女は日々努力を重ねているはずだ。

 「頑張ってるね」と、声をかけると、彼女は、少しはにかんで、「はい」と、涼しい声で応える。モデルとしてのキャリアは0歳からというから、芸暦は16年になる。それでも、昨日始めたような初々しさのある不思議な少女だ。

 新しい技を生み出しつつ新人のレッスンにも付き合わなくてはならない今が、彼女にとって一番苦しい時期かも知れない。しかし、ぼくらの、伏見梨沙嬢に対する信頼は揺るがない。幻奏の宴に、伏見DOLLの姿がないことはだれにも想像できないだろう。

澤田樹里亜のメルヘンドール

 月に一度のショー「幻想の宴」、澤田樹里亜嬢が参加して3ケ月、その成長には眼を見晴るものがある。無垢な人形から、人形になりたい女の子をコミカルに演じて、前回は黒いドレスで、1500年を生きる吸血鬼の悲しみを歌ってくれた。着々と少女人形舞台の中心DOLLになりつつある彼女はまだ14歳。このまま、自分を見失わないで努力を続けて欲しいと願っている。賢い少女なので、心配することもないだろう。

 先回紹介した満月あいり嬢や、これから現れるであろうライバルたちと切磋琢磨して、少女人形舞台の黄金期を飾って欲しい。その日は遠くないはずだ。先ずは、7月の「夏の童話(メルヘン)」今回から2回公演、彼女のファンも増えていると聞く。楽しみである。

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