今年もひまわりの丘に

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 8月は公演ライブと続き、延び延びになっていた若い友人のTくんと毎年出かける”三浦半島ぶらり旅”に行ってきた。

 大型台風が近づいた8月も終わりの日に、ひまわりの丘は穏やかな風にそよいでいた。「そよぐ」は漢字で「戦ぐ」と書くが、ひらがなの方のイメージが柔らかい。

 数年前に道に迷って紛れ込んだこの丘には、海洋深層水をくみ上げた温泉がある。今年も時間をわすれて露天風呂で居眠りをした。

 Tくんは30歳も年下の友人だが、舞台関係なのに一度も仕事をしたことがない。お互いの舞台を観に行くだけである。いつかはガッツリ組んで仕事をすることもあるだろうが、焦ることはない。

 月日は流れ、ぼくたちは残る…ボロボロになるまで読んだアポリネールの詩集も、今は手元にない。そうだ、ぼくたちは残る。少なくともぼくたちの想いは。

風の生まれる森にて

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 レストラン柴崎でのライブを終えた翌日、Oさんご夫妻に案内されて中軽井沢にあるカフェ”離山房”に伺った。ご高齢のマダムはお風邪を召されておられたが、わざわざお着替えされて迎えてくださった。

  にこやかなお顔のマダムと握手した瞬間、鮮烈な覇気がぼくの身体中にみなぎった。今マダムから気をいただいたのだとはっきり判った。お会いするのを楽しみにしていたのに、気の利いた挨拶も出来なかった。それでも、Oさんが目的を果たせたと喜んでくださったことが嬉しかった。

 新鮮なブルーベリージュースをいただいて、庭に下りた。ジョン・レノンが遊びに来ては昼寝をしたというあずまやで、木漏れ日を浴びながらしばし想いに耽った。ぼくの頬を優しく撫でた生まれたての風は、きっとあの日も、ジョン・レノンの頬を撫で、森から町へおりていったのだ。

 ぼくらは伝えなければならない。そして、行動しなければならない。何故人は生きるか、何故人は幸せにならなければいけないか、歌わなければならない。愛するひとと出会い別れ、その哀しみも喜びも、歌わなければならない。

ふるさとは風の生まれる森

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 生きて来た、と云うより生かされて来たと云う思いが強い。九州熊本の山間の村に生まれ、東京で暮らして40数年になる。

 子供の頃漠然と描いた将来は、吟遊詩人のような大人の姿だった。竹久夢二や中原中也のような存在を夢見ていたのだろうが、彼らのように注目を集めることもなく、売れない作品を書き続けた。

 そんな僕を支持してくださる方にお呼ばれして長野へ歌いに行くことになった。舞台「江古田スケッチ」が終って、こんどは竹内緑郎として「江古田スケッチ」を歌う。ありがたいことである。

 出来上がったばかりの「冥土のみやげ」を初披露するので、昨日、ギターの大西勇くんと稽古をした。今回の旅行かばんは、ほかにコーラスで西本早希嬢と浅野由美子嬢が参加してくれる。制作をお願いしている湯浅さんを加えて一行5人の旅一座である。

 ふるさとをあとにして風のように生きているが、風は東西南北へ吹く。ぼくもいつかは、ふるさとの風の生まれる森へ帰れるときがくるだろうか?それとも、何処か知らない異国の空の下で果てるのだろうか?眠りにつく前に、漠然と思ったりする。

 

ツリーオブライフを観て

 先ずは、銀座みゆき館劇場公演「江古田スケッチ」をご観劇くださいました皆様に御礼を申し上げます。昨日、おかげを持ちまして千秋楽を迎えることが出来ました。ありがとうございました。

 千秋楽から一夜明けて、友人A嬢のご子息Rくんに感想を依頼されていた映画「ツリーオブライフ」を観てきました。21時40分開始で終演は24時を回ってしまいました。心身ともに疲れ果てて、それこそ這うように映画館に入って、終幕まで観劇に耐えられるか心配でしたが…。

 さて、映画の感想です。

 脳みそを揺さぶられました。父と息子の物語として、黒澤明「どですかでん」で描かれた乞食の父子と対極にある実にスリリングなストーリーです。どですかでんでは父に勧められるまま腐った寿司を食べて息子が死ぬシーンに脳みそを揺さぶられたが、この映画では、父が車の下に入って修理するそばで息子が、父の命を支える車を持ち上げるジャッキをじっと見つめる場面で、もうスクリーンを見つめられなかった。

 「2001年宇宙の旅」に似たファンタジーだと聞いていたのだが、「生命の樹」の根源を描いた作品として、同様の風格を感じた。ぼくはどうも異国情緒に弱いのかも知れないが、’50年代のアメリカの地方都市が舞台というだけでドキドキする。むかし、ブラザーサン、シスタームーンという映画でも感じたが、宗教が敬虔に描かれていると、何故か懐かしさに包まれたような気になる。突然、子供の頃に花祭りで振舞われた甘茶の香りがよみがえった。

 6人くらいの観客だったが、30分過ぎに2人が席を立った。これは評価の分かれる映画かも知れない。Rくんがぼくの感想を聞きたいと言った意味が何となく理解出来た。しかし、映画を途中で立つのは、きっとその場で答えを得たいのだろうが、性急すぎて勿体ない気がする。特にこの映画は、観終わって時間が経つほどに、場面と俳優の台詞が脳裏によみがえってくる。Rくんも最後まで観たらしいので、おおいに語り合えるだろう。楽しみである。

 

銀座の江古田?

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 銀座みゆき館劇場で上演中の「江古田スケッチ」も、いよいよ21日の日曜日が千秋楽。連日、たくさんのお客様にお越しいただいて感激しています。劇中の台詞「だって、話せるの、もう最期かもしれないし」ではないが、”この作品、この出演者、この時間、この笑顔、全てが一瞬一秒、過去へと流されてゆく、地球の片隅の出来事。ぼくたちは、出会い、別れを繰り返しながら生きている。

 銀座の江古田へ、懐かしい人を捜しにいらして見ませんか!

  最終日は13時開演と18時開演の2回です。どうぞよろしくお願いします。

めぐみの雨になるかな

 ずいぶん涼しいなと思って目を覚ますと、雨が降っていた。

 この雨は北陸の方から関東へやってきたみたいだ。雨脚はかなり強い。乾ききった大地がジュッと音を立てているようようだ。江戸時代もこんな天気の日があったのだろうかと、ふと思った。まだ電気のない生活、テレビという情報網のない暮らし。むしろ不安は少なかったのではないだろうか。情報がなければないで、気苦労も少なかったはずだ。

 などと考えていると、ようやく身体が自由に動くようになった。夏バテなのか老化現象なのか、こんな調子では、地震が来ても逃げ出せないな。朦朧としながらシャワーを浴びた。

 毎日たくさんの方にご観劇いただいている。野外公演ではないので雨は心配ないが、出来れば晴れてくれたほうが良い。大地にはめぐみの雨でも、劇団にとっては困った雨である。今日は夜の一回公演だけ。ほんとうに始まるとあっという間に終わる。21日まで残り5公演、もっともっと面白く出来る。その気持ちが広がって、幕が上がるまで、皆熱心に稽古を重ねている。一番大事なことに気付いた俳優が伸びないわけがない。

 

踏み切りの警報機音で始まる芝居

 舞台「江古田スケッチ」初日の幕が下りました。

この暑い最中にお越しくださいました皆様に深く御礼申し上げます。

今回は、作・演出に加えて歌と演奏、喫茶店のマスター役で出演しているので、ダメだしは演出助手のあまね君にお任せです。彼は、7月にぼくが演出させてもらった舞台「ライジングフラッグ」の芸術集団ジェームストーンプロジェクトの若きリーダーで、とても勉強熱心な青年です。今回も彼から演出助手を買って出てくれました。

 踏み切りの警報機音から始まる芝居は、きっと客席を不安にさせてしまうかも知れません。しかし、幻想の物語としては、現実の客席と幻想の舞台をより近づけるための大切なSEです。スタッフも大いに神経をすり減らす幕開けでもあります。

 あしたも朝から幕開けのスタッフ練習です。よろしかったら、涼しい銀座みゆき館劇場へお越しくださいませ。ソニービルのある数寄屋橋交差点から歩いて2分です!お待ちしています。

 

劇場へ入ると元気になる!

 今日は猛暑のなか、劇場の仕込み、場当たりを敢行。

スタッフ、キャストのエネルギーが集結した。劇場に入ると、みんなの顔つきまでが変って見えて嬉しくなる。

 まだまだよくなる舞台なので、明日のゲネプロ、そして、19時からの初日本番と更に高みを目指して頑張ろう。

 それにしても、朝の9時から夜の10時まで劇場にいてみんな元気だ。残念ながら、これからシャワーを浴びたら、きっと落ちてしまいそうだ。気付けば明日の朝かも知れない。

 晴れの初日を迎えるために、今夜は久しぶりにたっぷり睡眠をとろう!といいながら、眠れないのはいつものことです。お越しくださいます皆様がたに深く感謝します。

暑い夏は涼しい劇場へ、でも…

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 明け方の顔があまりに父に似ていたので写メールで撮ってみた。

父はこんなに疲れた顔を見せたことはなかったが…

 これが63年間生きて来た男の顔、少しは自分の顔に責任もてるようになったのだろうか。嗚呼、こんなに疲れた顔だとは思わなかった。

 一ヶ月間稽古した舞台の、今日は劇場入り。朝からセットの立て込みや照明の仕込が続く。明後日は午後にゲネプロをやって、19時から初日の幕があがる。

 こんな暑い夏は、是非涼しい劇場へお越し下さい。でも、芝居は熱いです。’78年の夏を13名の女優さんたちが演じる懐かしい香りに包まれた、摩訶不思議なお芝居をお楽しみくださいませ。

 「江古田スケッチ」銀座みゆき館劇場にて、17日から21日の日曜日まで上演。朝倉薫のブログを見た、と言ってくだされば、前売り扱いで対処します。特に、18日夜は、期待しています。

疲れているのは身体か?

 二日ばかり寝なかったからだろうか、洗濯機をまわしている途中に眠りに落ちてしまった。僅かな時間だったが、目覚めたとき、まるで長い物語を読んだあとのような疲れを感じた。

 洗濯物は限りなくあって、3回洗濯機を回した。庭に面した窓を開けてあったので、太陽に焼けた風が弱弱しく流れ込んでいた。

 目覚めてしばらく、動かない身体をソファーに投げ出して、漂う思考をたぐり寄せた。心配になって、身体を動かしてみた。首、手足、眼、鼻、口、いちおう脳の指令でいやいやながら動いた。

 35度を越える暑さで、洗濯物の乾きは素早かった。洗濯しては乾かしてたたみ、また洗濯しては乾かしてたたんだ。何だか、夢の中にいる気分だった。ぼくはずっと昔から黙々と洗濯ばかりしているように感じられた。浅い眠りの中で見た夢を思い出して、鳥肌がたった。

 湖の底で、ぼくは家族と暮らしていた。学校から帰るときは、妹とふたり、友だちに気付かれないようにしなければいけなかった。湖の底への入り口を絶対他人に見られてはいけなかったからだ。

 湖のとある場所で、呪文を唱えると階段が現れる。そこが入り口だった。空気の壁が水をさえぎり、ぼくらはその階段を降りて家に帰るのだ。母の待つ懐かしい家を思うと、胸が張り裂けそうだった。痛みは全身に伝わり、ぼくは眩暈でソファーに倒れこんだ。

 いったい、疲れているのは身体なのか、脳なのか?舞台が近づくと、見たくもない夢ばかり見る。嗚呼、今日も冥土のみやげ見つからず…。