夜は暗くて当たり前だった。

 先週の土曜日、毎月恒例のライブが終わり、スタッフと渋谷駅に向かって金王坂を下りた。夜の10時前、街灯りが驚くほど暗かった。東京から華やかなネオンが消えたのは、昭和が終わりを告げた冬以来だろう。新宿の繁華街も人出は多いが明るさはない。華やかな夜の風景に慣れてしまって、僕らは本来の夜の姿を忘れてしまったのだろうか。何だか物悲しくなる。

 また、闇という言葉も悪しきことの代名詞に使われるので、より闇を排除しようという気運が高まるのかもしれない。闇市、闇将軍、闇金融、闇の帝王、ゴミ拾いをしたり善行を施す人を”闇にまぎれて”とは言わない。しかし、大袈裟だが、僕は闇が人類を成長させてきたと思っている。思索から生まれた叡智も、生き延びる知恵も、想像力も、闇が育てたと思う。

 昼夜逆転の生活をしている僕が言うのは少し気が引けるが、夜は暗くて当たり前なのだ。原稿が進まないとき、僕は蝋燭を灯し、辺りを暗くする。その方が落ち着く。ホテルで書くのが好きなのは、デスクライトだけを点けた空間が落ち着くからだ。明け方、窓の向こうが白々と明け始めると、地球が回っていることを実感して感動することもある。

 子供の頃、台風で停電になると、家族で居間に集まり、肩を寄せ合った。あの、怖くてドキドキする何かの儀式のような、時間と空間は、子供の想像力を掻き立てる大切なひとときだったような気がする。僕はいつもはしゃいで姉に叱られていたが、その幼心が今も残っていて顰蹙をかうことがある。大人になるということは、難しいことである。

 

思考の迷路

 今までに挑戦したことのない、タイムスリップもなければ、殺人事件もない、客が来てお茶を飲んで帰る喫茶店の一日を舞台劇に書いている。時は昭和53年、1月に第一発見者の警官が犯人だった女子大生殺人事件があった。が、そんな事件や時事問題を取り上げるテーマではない。深刻な話は書きたくないのに、浮かんでくるのは重い話ばかりだ。僕はスカッとしたコメディが書きたいのだ。と、書いているうちに、思考の迷路に入り込んでしまった。数年に一度体験するが、抜け出すのが厄介な迷路だ。

 何もかも投げ出して旅に出たい衝動に駆られる。それが又、問題を複雑にしてしまう。眠れば戻れるだろうと思うと、ますます眠れなくなる。鉛筆で原稿用紙に書いていたころは、何本も丁寧に鉛筆を削り続けた。いまはワープロなので、それも出来ない。自分で考えた心理テストをやってみる。自分で考えたのだから、当てにならない。イエス、ノーで進むチャート式の心理テストは少女雑誌をやっていたころ、毎月のように考えた。食べ物の嗜好、洋服の好み、こじつければ何でも出来る。寿司が好き?ショートケーキは?ステーキは?答えから作るとき、寿司が大好きな知り合いやケーキに目のない友人を思い浮かべて、その性格を書き出しておく。逆算してたどり着くように作っていく。よく当たると評判だった。

 今週の小物占いなんていうのも書いた。”獅子座の貴女、思い切りあでやかなスカーフが勝利の女神、幸運が微笑んでいます”…今も昔も、占いや信仰が途絶えることはない。血液型占いで一喜一憂するひともいる。そんな人間心理を利用するCMもある。ああ、僕はそんなことを憂えている場合ではないのだ。締め切りの時間は刻一刻と時を刻んでいる。時間は後戻りしない。前へ進め!目の前に何が待ち構えようと、僕らは行進を止めることは出来ない。思考をやめることは、呼吸を止めることだ。それも苦しい。窒息して一巻の終わりとなる。では、また!

6月25日午前2時

 竹内緑郎の月に一度のライブ”メリーココの夜”が今日で6回目を迎える。渋谷サクラフルール青山HOTELのラウンジメリーココで昨年末から始めた。ぺぺ田代さん、守沢高さん、神津裕之さん、大堀薫さん、そして、前回の真汐かれんさん、多彩なゲストにもご出演いただいた。ありがたいことである。そして何よりも、お越しいただいたお客様に深く感謝したい。そして、ほとんどボランティアのようなスタッフの皆さんにも、心から感謝している。いくら竹内緑郎が歌いたくても、会場、音響、制作その他大勢のスタッフがいなければ、どうにもならない。命を懸けて歌って当然である。

 毎月一回、ライブが近づくとギターの弦を張り替える作業がある。そして調音に入る。張ったばかりの弦は微妙にずれる。何度か調整しながら一日引き続けて、ようやく馴染んでくる。ライブの本番も楽しいが、リハーサルや、こういった手作業も楽しい。子供の頃の、遠足のリュックサックにお菓子を詰める気分に近い。次は忘れ物のチェックである。どんなにチェックしても、お約束事のように、必ず何か忘れる。いつぞやは、忘れないようにメモして、完璧だと思ったらメモするのを忘れた物を忘れた。今日はまだ時間がたっぷりあるので、慎重にチェックしよう。

夜明けのハーフムーン

 西暦2011年6月22日、午前4時、生きている。

 昨日は終日パソコンの前にいた。急遽書くことになったプロットは、あっさりと企画変更、徒労に終わった。よくあることではないが、たまにある。劇団を立ち上げた20年前、TV番組の台本を書いたことがあった。バラエティ番組の中の恋愛裁判というドラマだった。3ヶ月だったが楽しかった。男女の諍いを、中山仁の弁護士と谷隼人の検事が真面目に討論し、裁判長に審判をあおぐまでを真面目に書いた。京都のぶぶ漬け事件、カツどんデリバリー事件、ブラジャー底上げ事件、高校生処女論争事件、エトセトラ…プロデユーサーの桂邦彦さんが乗せるのが上手かった。お元気だろうか。若かった僕は、朝倉薫で演劇を真面目にやろうと意気込んでいたので、のめり込むのを怖れ、TVを敬遠した。しかし、その後、劇団の看板女優がアイドル声優で売れて、劇団もアイドル劇団になってしまい、演劇界からは遠いところにいる。TVを敬遠したあのプライドは何だったのだろう?と、いまでは思う。

 夜が明けたので、散歩でもしようととアパートを出ると、頭上に見事なハーフムーンが浮かんでいた。僕はこの時間、マジックアワーが大好きだ。電柱も、自動販売機も、勿論、立ち止まって天空をあおぐ僕の足元にも、一切の影がない。小鳥も起き出す前の、全てが死に絶えて、この地上にたった独りで取り残されたような、夜明けのマジックアワーは何とも言えない恐怖を味合える。しかし、その楽しみは束の間で終わる。やがて小鳥が騒ぎ出し、街は死の静寂から再生し、新しい一日が始まる。僕は生まれた影を連れてアパートに帰り、またパソコンの前に座り、原稿を書き始める。

 今日はライブのリハーサルと7月公演の稽古時間がバッティングしてしまった。ライブは土曜日なので、芝居の稽古は演出助手に頼むことにしよう。竹内緑郎もだいぶ落ち着いてきた。歌のライブはしばらくお休みとなるので、メリーココの夜を楽しんでいただこう。

イケメンダンスパフォーマンスグループが芝居に挑戦!

 舞台「ライジングフラッグ」作・麻草郁は、18歳から23歳のイケメンで構成されたパフォーマンスグループFATE(フェイト)の旗揚げ公演である。縁あって僕が演出で参加することになった。本日は、その稽古はじめで、若いエネルギーの真っ只中、不思議な感覚を味あわせてもらった。ダンス、アクション、歌が盛り込まれた麻草くん得意の学園SFファンタジーで、一ヶ月後の公演が楽しみになる初稽古であった。

 あらすじは、学園の主導権を争う3年生の番長グループと2年生の番長グループ、それを叩き潰そうとする生徒会長、転校してきたばかりの気弱な1年生が巻き込まれ、乱闘の最中に時空を越えて海賊船に降り立ってしまうというSFアクションである。13名の出演者はこれから売り出すピカピカの新人揃いで、見ごたえがあります。リーダーの春之あまね君のHPには、すでに告知が出ていると思うのでご参照ください。7月22日の初日に向かって、長丁場の稽古が続きます。それにしても、女性が一人もいない芝居は、僕にとっても初めての挑戦です。

 今週の土曜日は竹内緑郎メリーココの夜、歌のライブはこれをもってしばらくお休みです。お時間がありましたら、是非、渋谷のメリーココまでお越しください。開演は18時45分、終演は20時30分の予定です。

舞台「淋しいのはお前だけじゃない」雨の赤坂、芝居はいいなあ!

 舞台「淋しいのはお前だけじゃない」の初日を観劇させていただいた。独りだと淋しいので、7月の舞台「ライジングフラッグ」の企画主演・春之あまね君(23歳)と、旅行かばんのギタリスト大西勇君(22歳)の若い2人を誘った。

 主演の中村獅童については、さすがの一言である。同行した若い2人はTVドラマで西田敏行が演じた時はまだ生まれてもいないので、比較することもなく楽しめたようであった。芝居を観るとき、余計な情報があると困る。僕は西田敏行の濃い演技を払拭するのが大変であった。しかも、その西田敏行が主人公を追い込む陰の大物役で声の出演をしているものだから、余計に昔が思い出された。しかし、舞台の中村獅童は堂々とした看板芝居だった。名の通り映画TV舞台と獅子奮迅の活躍だが、油の乗った芝居というのを目の当たりにすると気分がいいものだ。まさに、生きた人間の目をしていた。

 なかでも、興味をもって観たのは、大川良太郎の演技だった。大衆演劇の世界では花形スターの彼が、脇役で現代劇に挑戦するのは初めてだという。女たらしのホテルマンとして登場したときには、思わず苦笑したが、所作は出来ているし、口跡も爽やかで、TV芝居を舞台に持ち込む若いタレントの多い昨今、あの若さで劇団を率いる覚悟が随所に見える立派な芝居であった。願わくば彼のあでやかな舞姿か、もしくは立ち回りを見たかったが、そこは中村獅童の看板舞台なので、次回に期待しよう。しかし、出来るものを抑え、素人の役を演じるのは大変なことである。千秋楽まで頑張っていただきたいと祈って劇場を出た。赤坂はしのつく雨だった。淋しいのはお前だけじゃない。確かに名作である。

深夜のコーヒーブレイク

 ヘッドロック氏には及ぶべくもないが、熱心な読者がおられてブログの更新が止まると心配してくださる。ありがたいことです。大丈夫、生きています!

 8月公演の台本手直しにちょっと手間取っています。またコーヒー摂取量がオーバー気味です。ようやくアパートの外装工事も終わり、今度は室内の大掃除です。梅雨明けと同時に始めようとプランを練っています。テレビもアナログ対応なので捨てて、これを機会に文明との接触はパソコン1台にするつもりです。

 近所に深夜営業のカフェ&バーがある。歩いて1分、走って15秒の至近距離で平日は午前3時、終末は夜明け近くまで開いている。居心地がいいので、熱いコーヒーを飲みながら原稿を書いたりしていると1、2時間はあっという間に過ぎて、コーヒーブレイクではなくなってしまう。

 と、言っても月に1、2度行くか行かないかの店なのだが、静かな店で本当に居心地がいい。

 家で原稿を書いていると、コーヒーの摂取量が完全にオーバーする。で、喫茶店での打ち合わせではなるべくトマトジュースかレモンジュースを飲むように心がけている。ルノワールだと柚子ティがおいしい。新宿の麻布茶房ではハニーレモンジュースを注文する。六本木アマンドで待ち合わせると、ケーキの誘惑に負ける。飲み物はレモンティにしている。などと、何だか若い女性のブログみたいで、男が喫茶店の飲み物の話しを嬉々と語るのは気持ち悪いですね!

 8月の銀座みゆき館公演は、舞台に昭和53年の江古田駅前にあった喫茶店を再現します。何処まで当時の雰囲気を作れるか、美術さん、装置さん、舞台監督さんと作りこみたいと考えています。静まり返った深夜、コーヒーを飲みながらあれこれ想いをめぐらせるのは楽しい時間です。もちろん、物語を作る時間も、スタッフと打ち合わせする時間も、歌を歌う時間も、生きている一分一秒が楽しい時間です。人間は限られた時間しか生きることが出来ないのだから、本当に勿体ない。残り少なくなってから気付くなんて間抜けで悲しいけど、気付いたからには、一分一秒を楽しく生きていこうと思います。

花の咲く季節

 過ぎていった季節や人を、僕は歌に残してきた。時には実名で書いたこともある。

 それにしても、見事に売れなかったものだ。先に逝ってしまった鈴木一記や木田高介が今生きていたら、こんな僕を見て何と言うかな。アイドルをプロデュースしたり、劇団を作って芝居をやったり、余計なことに手を出して面倒なことになったり…歯痒いだろうな。

 でもね、歌だけは作り続けているからね。そして昨年末から定期的にライブも始めた。今月で6回目になる。毎回新曲を発表している。新しいアルバムが作れるよ。

 眩いばかりの才能を持ちながら若くして逝ってしまった友に、呼びかけても、問いかけても、返事はない。それでも、一方的に歌いかけた。「冥土のみやげ」は、あの世とやらにいる君たちに聴いてもらいたくて作った。

 そっちへいったら僕の席を空けといてくれ。時間を気にすることもなく歌おう。そのために、もっとギターの腕を磨こう。もっと心のこもった歌を歌えるよう稽古しよう。もっとたくさんの歌を作っていこう。少しエネルギーが湧いてきたよ。8月2日で63歳になるらしいが、そんなに生きた実感がない。花の咲く季節は、これからのような気がする。

 

 

知らない街

 竹内緑郎のバンド”旅行かばん”にギター&ボーカルで参加している大西勇くんが企画したライブが八王子のpapaBeatで開催された。新宿から快速電車だと一本で行けるのだが、各駅停車を乗り継いで行った。読みかけの本があったので、1時間余の移動書斎は振動も心地好かった。八王子の駅前は仙台の駅前に似ていた。と、僕が思っただけで、大方の地方都市の駅前風景は似ている。二、三度訪れただけの街でも懐かしさを感じることもある。ライブの開始時間には間があったので、駅前で喫茶店を探した。読みかけの本も残り数ページだった。

 駅前のロータリーから左手の路地の二階に「純喫茶田園」の看板を見つけたので入った。コーヒーを飲みながら持参の本を読み終えたら丁度良い時間になった。papabeatは素敵なライブハウスだった。大西くんの企画する「阿婆擦れないと」には、勇敢にもギター1本で勝負する5人の若者が出演していた。それぞれ、個性に合ったギターをさげていたのが印象的だった。トリは勿論大西くん、何と「江古田スケッチ」を歌ってくれたので嬉しかった。

 8月公演の台本も仕上がっていない後ろめたさを抱いて出かけたが、若者たちの熱い歌を聴いて脳に刺激を受けた。そして思った。若者には未来があるというのは、老人の言葉だと実感した。若者には現在しかない。彼らは未来など欲していない。だから焦り、急ぐのだ。サクラだってすぐ散る。若者という時間は束の間しかない。大いに騒ぎ、歌い、恋をし、裏切り裏切られ、そして、誰もが訳知り顔の大人になる。僕などすでに「冥土の土産」を書いている。大西くん、阿婆擦れが可愛いなどと思えるようにならないでくれ。いつまでも阿婆擦れを罵ってくれ。と、大西くんの傑作「阿婆擦れ」を聴きながら思った。

 彼らを懐かしむように眺める僕は、若者ではないことを悲しんでいるのではない。若者たちと一緒に音楽を楽しめる自分が、何となく嬉しい気分なのだ。

青の持つ力

 「ブルーシャトー」という流行歌が大ヒットし、レコード大賞にもなったことがあった。大学受験に上京した冬、当時横須賀に住んでいた姉の家で3歳の姪が歌って踊っていた。それは微笑ましい光景だった。ブルーライトヨコハマという曲も同じ作詞家であったと思うが、恋人たちの幸せを歌った歌だった。ブルーフィルムという言葉を知って実際に観た22歳の夏、同時期、アメリカ俗語辞典で「ブルー」が卑猥な、エロティックな、ワイセツな、みだらな意味であると知った。何だか「ブルーシャトー」に裏切られた気がしたが、その詞を読み返したら充分エロティックだと再認識させられた。

♪森と泉にかこまれて静かに眠るブルーシャトー~この詞の何処がみだらだと言われると困るが、万人の心を捉える歌には、何か魔力のようなものが秘められているのだろう。3歳の幼女が意味もわからず本能的に口ずさむ歌といえば、ピンクレディもそうだった。昨今話題のAKB48もそうなのだろうか、身近に幼女がいないので確認は出来ないが、そこがポイントかも知れない。

 青の話から脱線してしまったが、もうひとつブルーには裏切り者という意味があるらしい。アメリカと大英帝国の戦争中、英国艦隊にブルーのライトで信号を送ったアメリカ兵の逸話からきたらしいが、それも又聞きなので正しいかどうかは判らない。アンドレ・ブルトンの「青空」も、竹久夢二の「青い小径」も、寺山修司の「青蛾館」も、何か後ろめたさを秘めたように書棚に収まっている。ペルシャンブルー、ターコイズブルー、ルシアンブルー、色を例えるとき、遥か異国の見たこともない空の色を思い浮かべる。それは、僕にとって淡い希望と深い絶望の混ざった夢の中の空色である。