HOTEL夕陽館ロビー

 舞台は…HOTEL夕陽館のロビー、下手前方は玄関に続く扉。両開きの大きなアーチ型、玄関に向かって開き放しでよい。下手扉を入ると左手にフロントのカウンター、その後方には吊り棚のキーボックス。カウンター奥から上手に向かって二階への階段。手すりが洒落ている。舞台中央には趣味の良いソファーとテーブル。その後方、つまり正面奥には水平線を描いた絵がスクリーンのように広がり、清涼感を醸し出している。上手奥には、さりげなく古いアップライトのピアノ(オルガンでも良い)、その上に丸型の壁時計。上手前方にはキッチン、ダイニングルームへ続く扉。舞台正面、客席はプールという設定で、ガラス張り(実際はない)を通してプールの水が舞台に反射して幻想感をあおる。いい具合にグリーンを配すれば、装置は完璧である。

 ’93年、劇団を立ち上げて2年目の夏に上演した「HOTEL夕陽館~男たちの日記」の舞台装置説明である。この公演では同じKOTELを舞台に女たちだけで演じる「心にちょっと雨漏り」との2本立てだったが、今年7月の記念公演では男たちだけの芝居1本で上演する。したがって、台本も大幅に改稿した。小劇場での上演は、装置を省略することもあるが、今回は出来る限り、洒落たリゾートHOTELのロビーを再現したいと思っている。

 これから5月公演「スタント」の稽古に入るというのに、制作陣はもう7月公演の配役に入っている。というか、来年、再来年の劇場押さえに入っているのだ。明日がどうなるかわからない現実が一方にあり、舞台や映画のように数年先の仕事のために今日を生きることもある。僕らの”生きる情熱”がそうさせているのだろう。まだ劇団も持たない時代、僕はいつ上演できるかもわからない脚本を書き続けた。だからと言っては弁解じみるが、頼まれた脚本は遅々として進まない。本当に申し訳ないと思っている。がんばります。

「スタント」始動!

 劇団15周年記念に書き下ろして上演した堀川りょう主演の「スタント」を、20周年の節目に上演出来ることになった。勿論、主演のスタントマンマッキー倉本は堀川りょうが演じる。相手役には真由子嬢、そしてもう一方の主役、マッキー倉本に憧れる新人スタントマンは新進俳優の山本一慶が演じる。スタント指導に深作覚さんを迎えて、5月16日から一週間、池袋シアターKASSAIで上演する。関係各位のご尽力で、堀川りょうが歌うスタントの主題歌~大空へ~のように、劇団の小さなアトリエから始まった芝居が大空へ羽ばたく。

 ひとつのことをやり続けるのには根気が必要だ。そして、それを理解し助けてくれる人がいてはじめて続けることが出来る。本当に、いまは感謝しかない。20年間舞台を作り続けて、歌もたくさん生まれた。スタントの主題歌をユーチューブで少し流したら、外国から”堀川りょうのこの歌は何処で発売しているのだ?”と、問い合わせが来たらしい。堀川りょうはアニメでも大人気の声優として素晴らしい俳優だが、歌もハイトーンが魅惑の声である。激しい舞台なので、くれぐれも体調に気をつけてもらいたいと思っている。稽古始めが楽しみだ。

 

竹内緑郎と旅行かばん

 1978年、僅かな期間に活動したフォークロックのバンド名である。当時練馬に住んでいたあだち充の漫画で、主人公が「竹内緑郎と旅行かばん」のコンサートに行こう」と、彼女を誘っているシーンがあったことを思い出した。「江古田スケッチ」という曲が練馬界隈で少しは流行った時期もあったのだ。去年の12月から月に1回だけ、渋谷のHOTELサクラフルール青山でライブを再開している。と、云っても当時のメンバーは竹内緑郎ひとりで、あとは平成生まれもいる若いメンバーである。お客も多士済々、数十年ぶりの再会を喜び合う人や、”まさかあなたがいらっしゃるとは?”と、いった会話もあり、ラウンジで穏やかにくつろぎながら、不思議な空気が醸し出されている。

 今日は昼から4月9日のライブのリハーサルがある。歌うのは殆ど、竹内緑郎が作った「売れなかった歌」で、70年代の作品が多い。新曲も毎回1曲は披露する約束になっていて、今回は先週出来あがった「メリーココの夜」という歌を歌う。ギターの大西勇(21才)と竹内緑郎(62才)が歌い、コーラスは西本早希嬢と前回から参加している浅野由美子嬢、オペレーターで「メリーココの夜」を作曲した小磯綱騎が被災地から参加してくれる。こんなときだからこそ、出来ることをやらなければならないと思う。では、スタジオへ向かいます。

 

一縷の望み

 アパートの外壁工事が再開して、夜型人間としては眠れない日々が続く。夜に眠ればいいのにと思われるだろうが、30年も続く習慣はなかなか変えられない。と、そんなことより、近所の自動販売機の水も、尽く消えている。水道水でコーヒーを沸かしているが、こころなしか味が落ちるような気がする。

 九州の友人から冗談交じりに疎開して来ないかと電話で誘われた。4月9日のライブ5月16日からの劇団公演を控えて大変なんだというと、開催出来るのかと心配された。九州の方でも、ライブや演劇公演を中止するところが多いらしい。福岡のイベント会社が早くも倒産したらしい。望みは復興への活力だが、水を差す様な話ばかりが流布する。能力のない人間は地位にしがみつくことを辞めるべきである。と、いう訳で、経営能力のない僕も劇団代表を降りた。制作の杉本喜公さんが新代表となって、劇団を引張っていってくれる。僕は脚本・演出に専念させてもらえる。これできっと道が開ける。脚本を書き歌を作り、面白い芝居を作ることに邁進する。多くの方のご協力を無にしない為にも、僕らは最良の手段をとらねばならないのだ。

 権力のある老人(60歳以上)に対して、若い人は優しいので、例え迷惑だと思っていてもなかなか辞めてくれとはいえないのだ。察して辞めなければ取り返しのつかないことになる。そして自分に出来る精一杯のことをやろうね。

惑わされないようにしたいね。

 差し入れにインスタントラーメンをいただいたので、野菜が必要だろうとスーパーマーケットに行ったら、ほうれん草が店頭に山積みだった。それに驚くような安さだったので、二束買って来た。ところが水のコーナーに行くと一本もなかった。水道水の放射能数値が発表されたことが原因らしい。水道料金は飲料出来ることが前提ではないのだろうか?何だか、大本営発表のすべてが後手後手だな。確かに疑心暗鬼になる気持ちもわかるが、流されないようにしたいね。こうも情報操作に脆い世代だったのだろうか。いつも流行を生み出してきたと自負する団塊の世代よ、しっかりしよう!若い人たちは利口だが、どうも我々団塊世代が一番ダメな行動をとっているらしい。ことが収まったあとで、ホントに恥ずかしくなるからね。よく考えて行動しよう。ペットボトル5,6本買い占めたからって風呂も沸かせないと思うのだが…若いひとたちに笑われないようにしましょう!

想いは今も

  4月9日のメリーココで歌う新曲が出来上がったので、ギターの大西勇くんと練習した。僕らは互いに今回の災害で知人との連絡がまだ取れないでいるが、その心配を忘れるように、練習に没頭した。新曲は竹内緑郎作詞・小磯綱騎作曲「メリーココの夜」、イメージが現実となって仕上がっていくのが心地好い。サビを大西くんと二人で歌ってみたら更に心地好くなったので、本番も二人で歌うことにした。大西くんは21歳、僕は62歳、これから売り出す新進フォークシンガーと売れなかった老フォークシンガーのデュオである。何と言う組み合わせであろうか!本番は女性コーラスが2名加わり、新・旅行かばんとなる。勿論、オペレーターで参加してくれる小磯くんも旅行かばんの一員だ。歌いたいという想いが僕らを引き合わせてくれたと思っている。

 20歳に成りたての頃、渋谷ジャンジャンで一緒に歌った「菅田ひろゆき」くんは福島県のいわき市で暮らしていた。依然連絡が取れない。僕は彼を「三ちゃん」と呼び、彼は僕を「りょうちゃん」と呼ぶ仲だった。ひと夏、バンドを組んで千葉のビアガーデンのハコで歌った。そして、僕が合宿所をトンズラしてバンドは解散となった。ベースの海老沢くんがリーダーだったが、彼は大学に入りなおして勉強し、進学塾を設立して成功している。僕と三ちゃんは、そのまま横に流れた。40年も昔の話だ。三ちゃんはハンサムで、ギターも麻雀も僕より上手かった。彼と僕は生き方があまり上手ではなかった。しかし、音楽への想いは一緒だった。また逢えると信じている。

 

 

こんなときに

  たまった原稿を一気に書いている。自分でも驚く早さで、ミュージカル台本が1本書きあがった。早いから良いというものではないが、終幕まで仕上がっていると、改稿するにも気持ちにゆとりが出来るというものだ。人の命の儚さを見せながら、これでもかというくらい震災の報道は続く。何かが違う気がするが、それが何だか指摘できない。報道も仕事なのだ。僕だって、こんなときに原稿を書き続けている。しかし、書かなければ先へ進めない。待っている人もいる。不気味な揺れが続いている。原発のことはさっぱり判らない。こんなときに…ブログは書きたくなくなる。何を言い出すか、自分を制御できない気がする。

暴君と腰巾着

  今時、漫画でも画かない唖然とする行状が現実におこなわれている。プロ野球のてんやわんやと大臣の起用である。指導者や経営者は客観的に事態が読めないのだろうか?大新聞やテレビ局といった巨大なメディアを動かす権力に酔いしれた暴君として後世に名を残すことが恥辱とは思えないのだろうか?選手たちがやりたくないと泣いて懇願しているのだ。プロ野球選手は猿回しの猿ではない。立派な人格を持って、「今試合をするのは適切ではない。驕ってはいけない」と言っているのだ。僕はプロ野球の一ファンとして思う。選手の気持ちを思いやってくれよ経営者!

 官邸もそうだが、権力を持つと人は人格をなくすのだろうか?今必要なのは助け合いだ。松山千春の言うとおり「知恵のある奴は知恵をだし、金の在る奴は金をだし、力のある奴は力をだせ、何もない奴は元気をだせ!」これこそ、反骨のフォークシンガーの面目躍如、後世に残る名言だ。ご老人、少し頭を冷やして、若かりし日の記者魂を思い出さないか?いや、若いときから権力を掴むことを夢見た連中が上り詰めた世界で何を考えるか、カダフィーの醜態を見れば想像はつくか。虚しいなあ。

 せっかく諸外国から日本の庶民の思いやりや謙虚さを賛美されているというのに、指導者が台無しにすることはない。菅君、今必要なのはこの大震災をラッキーとのたまった仙石ではなく、東北出身の小沢一郎だろう。彼を引っ張り出してこそ、この国のリーダーだ。市井の一老骨として、まだ微かな望みは捨てていない。真のリーダーシップをとって欲しいと切に願う。

 政治には口を出さないという約束を破ってしまった。済まないと思うが、生き残った子供たちに出来る限りの未来を残すことが我々老体の義務である。豊かな物資より、品格を残そう。日本人が誇りをもって生き残るために。

悲しみの向こうに、

 すべての死は悲劇である。たとえ天寿をまっとうしたとしても、残された者は悲しい。大袈裟ではあるが、僕らは生まれたときから悲劇を背負って生きている。日本人は本質としてその意識を備え持っていると思う。だから、外国のメディアが、この大震災の最中、略奪や暴動が起きないことを褒めてもそれほど嬉しくはない。むしろ困っている人を助けるのは当然のことだ。悲しみの向こうには必ず喜びがある。今はそれを信じて心を折らないことが大切だ。

 義捐金の殺到で銀行のATMがパンクしたと聞いた。そこまでは予想出来なかった。何て情け深い善良な国民なのだろう。ジャーナリストの渡邉裕二氏が日頃テレビの募金活動を偽善だと罵倒していたが、今回ばかりは書けないようだ。と、思っていたら、芸能人の義捐金提供を罵倒していた。本当に面白い人だ。確かに僕らも義捐金活動を始めたが、さすがに金額を発表するのは恥ずかしい。そのこと(義捐金募集)を渡邉裕二氏に言うと「あんたはGACKTか!」と、メールが来た。どういう意味だろう?それ以来音信不通である。ラッシュの電車に巻き込まれて圧死しているかも知れない。悲しいことだ。いや、殺されても死なない男だから深夜サウナでのうのうとマッサージを受けているに違いない。心配するのは止めよう。

 震度3、4の地震が頻繁に起こるが、さほど驚かなくなったことに驚く。震度9を体感してから、三半規管がおかしくなったようだ。深夜族として節電を心がけているが、寒さが骨身に沁みる。後藤享から原稿締め切りの最後通告が来た。地震の所為にする訳にはいかないので、頑張ると答えた。本当に頑張る。それにしても冷える。

それぞれの生き方

 コンビ二に寄ってみたら噂通り極端に物がなかった。店員に聞いてみると、買占めではなく、物流が止まっているのだと答えてくれた。僕は日用品ではなく明日必要な「多当」を購いに行ったのだが、棚に並んでいた。未曾有の災害の中でも冠婚葬祭、それぞれの営みがあり、喜びも悲しみも、それぞれの感情で生きていかねばならない。

 ようやく連絡がついた友は家族で九州へ避難していた。複雑な心境だが、人にはそれぞれの生き方がある。無事を祈っていると、多くの方から励ましの電話やメールをいただいた。ありがたいことだと思う。予定を変えることも必要だろうし、あえて予定通り決行することも必要だろう。僕は4月9日のライブも、5月16日からの演劇公演も予定通り進行する。非難したり、否定することは容易いことだ。また、賛同することも容易い。時と場合によっては苦渋の選択になることもある。お世話になった業界の先輩の奥様がなくなられた。慎ましやかな葬儀を営まれる。結婚式なら行かないが、明日は歩いて行ってでもお見送りする。