2月30日

 「2月30日」は守沢高さんの歌のタイトルである。今日は2月28日、永遠に来ることのない2月30日とはいったいどんな日であろうか。守沢さんには、おにぎりを鬼切りとかけた歌がある。高千穂地方の方言で♪誰でん心の中に鬼が住んじょる♪と歌われる。確かに人の心には鬼も仏も同居しているようだ。出てくる心によってばら色の人生にも茨の道にもなる。

 集中してライブや観劇に出かけた所為であろうか、言葉の大切さを更に実感している。「月末」という言葉も、月給をもらう人には心地好い言葉だろうが、支払いに追われる人には聞きたくない言葉であろう。ひとつの言葉が立場の違いで正反対にもなる。例えば「悪い」という言葉を「良くない」と言い換えてみる。「遅れた」と「間に合わなかった」など、ちょっとした気配りで相手を傷つけない言葉に出来るかも知れない。

 ある方に、面白くもないトークが長すぎる、と、ライブの進行を注意された。ある方には、トークが面白いのでもっと聞きたい、と言われた。同じトークでも、聞く人によって真逆になる。悩んでも仕方がないので、自分のスタイルで通すしかない。それより、歌をもっと上手く歌いたい。言葉が聴く人の心に沁み込むように歌いたい。永遠の課題であろう。精進を重ねるしか道はない。

VINTAGE TIME IN下北沢LOFT

 ビンテージタイムはフォークシンガー守沢高さんのバンド名。本当に素敵な名前だ。月の前半は弾き語りで、後半はバンドで活動されているらしい。今宵はバンドでのステージだった。時間があったので、中野坂上から下北沢まで歩いて行った。約50分でLOFTに着いた。入場券を買いドリンクをいただいて席へ。偶然にも出番前の守沢高さんにお会いすることが出来て、前回メリーココのお礼を申し上げた。ついでに3月5日のポストカードも差し上げた。VINTAGETIMEは、3人編成だが、ベースの方(卍さん)がパーカッションとサイドボーカル、ピアノのエルダーさんも歌われる。守沢さんはギターとハーモニカにメインボーカル。楽しい歌の数々を聴かせていただいた。

 楽しい夜だったので、帰りも歩いて帰った。さすがにふくらはぎにきて、帰りの所要時間は60分を越えた。途中、42年前に住んでいた笹塚の松本荘というアパート前を通ったが、今は駐車場になっていて、アパートは跡形もなかった。感傷ではなく、あれからの42年間で何を成したか、あらためて自分に問いかけてみた。まだ途中だというのは言い訳だろうか、それとも、本当に何かの途中なのだろうか、3月5日「メリーココの夜」の予約がいっぱいになったらしい。僕が劇団を立ち上げた頃生まれた大西くんと一緒にギターを弾く。楽しみだね!

充実のリハーサル(メリーココの夜VOL、3)

 15時からスタジオミュージアム新中野でライブ”メリーココの夜”のリハーサル。今回から参加するギターの大西勇くん、ボーカル&コーラスの浅野由美子嬢、優木菜緒嬢、風の生まれる森の作曲家小磯綱騎さんにオペレーターを手伝っていただき、制作の杉本さんにタイムを計ってもらったり、17時までたっぷり2時間歌って休憩。大西くんを紹介していただいた保坂監督も見えられ、湯浅ますみさん西本早希嬢もGACKT眠狂四郎の観劇を終えて駆けつけてくれ、後半2時間たっぷりとリハーサル。

 オープニング曲は「HOTEL安穏夜」、エンディング曲は「江古田スケッチ」と決めているが、他の曲の順番をこれから並べて見る。浅野嬢、優木嬢にもそれぞれ2曲メインボーカルをお願いしている。今日保坂監督に言われて気付いたのだが、お二人は姉妹のように容姿や雰囲気が似ている。楽しいステージが期待できそうだ。次回のリハーサルは3日の木曜日、それまで個人練習である。明日は下北沢に守沢高さん&ビンテージのライブに伺う予定である。

 

GACKT凱旋眠狂四郎無頼控を観て

 東京国際フォーラムホールCにGACKT眠狂四郎が帰って来た。昨年五月、日生劇場で初公演を観劇して9ヶ月が過ぎた。北は札幌から南は福岡まで120公演をこなしてきたカンパニーは、コピーにあるように見事に進化して帰って来た。存在感はもとより、殺陣の流麗さは更に磨き抜かれ、日々の鍛錬が見事に凝縮されていた。昨年五月、今後の時代劇舞台はGACKTの独壇場になるだろうとブログに書いた。9ヶ月の旅は、なにびとも届かない高みに狂四郎を連れて行った。演劇とか舞台芸術などでは語れない世界がそこにはあった。3時間半を堪能した。

 歌舞伎、相撲と不祥事に揺らぐ21世紀、誰かが受け継がなければならない日本の芸術。何も世襲の輩ばかりが人間国宝に祭り上げられることはあるまい。GACKTは、その類稀なる才能をもってして孤高の道を進むであろう。音楽家でありながら、古典的舞台芸術に真摯に取り組む姿は美しい。後光が射しているといっても過言ではない。しかし、才能ある人は留まることを嫌う。千秋楽を終えたGACKTは、更に未知なる世界に挑戦するであろう。芸術のジャンルを越えたその活動は、僕らを魅了してやまない。

演劇への素晴らしき挑戦!麻草郁脚本演出・朗読劇「マシーナリー*マテリアル」を観て。

 池袋シアターKASSAIで今日から始まった朗読劇「マシーナリー*マテリアル」(脚本・演出麻草郁)を観劇してきた。ウイトゲンシュタインせんせいへのラブコールです、と、麻草郁くんは照れ隠しで言ったのだろうが、言語哲学の大家の名前が出てきたとき、僕は彼の、真っ直ぐな言語への挑戦だと感じた。なので、観劇の前に出来るだけ頭を冷やしておいた。なのに、不覚にも観劇の途中から涙が止まらなかった。確かに、人間は言語で思考する。しかし、人間が言語を操っていると思うのは、人間の傲慢不遜かも知れない。孤独を、愛を、友情を、言語で探り合う少女たち、電車に乗ると、一心不乱に携帯電話のキーを叩いている少女たちを見かける。絵文字、花文字が反乱しても、言語からは離れられない。ステージで朗読する少女(演じているのはアイドルと呼ばれる、存在するだけで価値を認められた不思議な方々)たちの演技の稚拙さをも包みこんで、脚本は進行する。そして、観客である僕は、ある暗転から、全身が耳だけになり、言葉の一つ一つを聞き逃すまいと集中する。イギリスへ飛ぶ旅客機、この世界の外側、母親、ギター、孤独、眠り、ソファー、言語では見ることの出来ない絵画、単語から広がる無限の世界…、言語世界の異様な光景、麻草郁くんの術中に嵌った僕は、涙を流すしかなかった。

 紡ぎだす言葉の哲学的な美しさに、34年間生きた麻草郁の修練の凄まじさが胸を突き刺した。12歳の夏、夕日を眺めた感想を父に聞かれ「綺麗ですね」と答えただけで「綺麗だということを言葉で表現しろ!」と死ぬほど殴られたという経験を持つ麻草郁くんの矜持が、20世紀初頭に天才哲学者と賞賛されたウイトゲンシュタインの言語哲学と共鳴しあうのは当然の帰結であろう。

 惜しむらくは、彼の言語を表現する演者たちの発声、滑舌。(存在するだけで認められても努力したほうが更に価値は高まるのだが…)演者が難しい哲学書を読む必要などさらさらないが、肉体的訓練が出来ていない表現者では脚本が泣くというものだ。麻草郁くんの脚本で更に努力を重ねれば、必ず力のある女優になれる。信じて精進して欲しいと思った。簡単にテレビドラマに出来ない漫画もある。舞台化の出来ない映画もある。まさに朗読劇でしか表現できない言語哲学への挑戦を、今後も続けて欲しいと思いながら劇場を後にした。同業者として、僕も負けてはいられないね。

夜食という名の昼食

 昨日、夜食にと桜餅をいただいた。僕は昼夜逆転の生活なので、夜食は昼食である。明け方、包みを開くと、桜餅の香りが部屋を満たした。いただいた桜餅は、小ぶりでみめ麗しく、例えれば平安朝の宮廷夫人を思わせる楚々とした佇まいで香りを漂わせていた。僕は、食べるのが勿体ないような気がして、暫し見惚れた。食すると柔らかい塩漬けの桜の葉につつまれた桜色の餡が、また絶妙な甘さだった。何処の和菓子だろうと箱を見ると”たねや”とあった。滋賀の近江八幡に本社があるらしい。ドラ焼きに黄粉餅もいただいたので、僕の今宵の昼食は和菓子のアラカルトであった。コーヒーにスプーン3杯の砂糖を入れて飲む甘党なのだが、身体が正常なのは酒を断ったからだと医者が言っていた。和菓子の糖分と酒の糖分は酒の方が多いらしい。と、安心して甘いものをパクついている。

 風はまだ冷たいが、陽射しは幾分春めいてきた。メリーココの夜VOL.3のポストカードが評判良いので嬉しい。来られるはずもない九州の友人にまで書いて投函した。5月公演スタントのキャスティングも大詰めである。明日は”月の203号室”のコンサートに行く予定だ。明後日はGACKT眠狂四郎の凱旋公演観劇の予定。どこまで進化しているか楽しみである。

メイドの土産?

 僕のことをかなり知っている古い友人と電話で話した。ライブのこと、アルバムを製作中であること、そんな話のなかで僕が、

「アルバムのタイトルは”冥土の土産”にしようと思う」と、言うと、

「メイドの土産?やっぱりアキバ系?」と、友人。

勿論、頭の回転の早い友人のエスプリではあるが、言葉の意味が「メイド」と「冥土」ではまったく違う。思わず絶句してしまった。音楽は耳から入る情報なので笑い話では済まされない。友人の反応がとても参考になった。前回のライブで、冥土に持っていきたい曲の話をしたが、僕は自分が持っていくつもりで曲を作っている。なんだか、今までとは違った曲作りの楽しみがある。

 どうせ火葬場で焼かれてしまうのだから、物は持っていけない。持っていけるのは記憶という”想い”である。葬送曲ではない。あの世が在るとすれば、あちらでも口づさめる歌である。あの世がなくても、死の間際に歌いたくなる歌を書きたい。と、頑張っている。

 最近、出会う人ごとに「冥土の土産に持っていきたい歌はなんですか?」と聞いている。童謡を答える人が多い。やはり子供時代の記憶は歳月を経ても鮮烈に残っているのだろう。先日、友人とカラオケに行って、「夜空の笛」(浜口くらのすけ作詞作曲・守屋ひろし歌)を歌ったら涙があふれて友人を驚かせた。僕の記憶に残るのはあの歌かも知れない。♪チイタカタッタ、チイタカタッタ、笛の音が~ダメだ、涙が止まらない。50年以上も昔に歌った歌だが、メロディに乗って当時の状況がよみがえってしまう。これは自分でも衝撃だった。

歳の差41才!

img_5651.jpg リハーサルに現れたギタリストの大西勇くんは21歳の若者だった。62歳の僕とは41才の歳の差である。聞けばシンガーソングライターとして主に八王子を中心に活動中とのこと。早速、江古田スケッチを二人で演奏した。続いて雨の居酒屋、獏の群れなす街に、60年から70年代にかけての僕の曲を、何の違和感もなく弾いてくれる大西くんに僕は感動した。褒める言葉を捜したが上手く見つからず、お父さん何歳?と、聞いてしまった。55歳?僕より7歳も年下であるが、70年代フォークソングの世代である。たぶんに影響を受けてはいるだろうが、本人の資質なくしては難しい。3月5日がますます楽しみになった。

 コーラスで参加してくれる浅野由美子嬢、優木奈緒嬢にも1曲づつ歌っていただく。浅野嬢には小磯綱騎さん作曲の「風の生まれる森」優木嬢には僕の作詞作曲で「オレンジの花咲く丘」、2曲とも素敵な歌に仕上がりそうである。1月公演の朗読会にも参加していただいた優木嬢の声質に合いそうな、一条ゆかり作詞・竹内緑郎作曲の「グッドラックバイバイ」という’77年に作った曲も歌ってもらえたら嬉しいが、コーラスも全曲あるので大変かな…。

 3月5日は参加出来ないが、西本嬢もリハーサルに駆けつけてくれてアドバイスしてくれた。ありがたいことである。制作の杉本さん、湯浅さんも参加してミーティングもたっぷり出来た。来週もう1回リハーサルをして、万全の体制でメリーココの夜VOL3を迎える。HOTEL安穏夜も、だいぶいい感じに仕上がってきた。旅行かばんの新ギタリストは大西勇くんで決定です。ご尽力いただいた保坂監督に御礼を言わねば!

メリーココの夜VOL3

 この一週間、ブログに書けないほどの仰天面白顛末が続いて、ブログも空白。明日はメリーココの夜VOL3”風の生まれる森”のリハーサル。ようやく通常の生活に戻った。

 なべ横ロンにポストカードを届けに行ったら5枚も予約をいただいた。懐かしい時代の香りを満喫していただけたら、こんな幸せなことはない。”売れなかった僕の歌”の歌詞も大幅に改稿した。今月はぺぺ田代さんのライブ、守沢高さんとビンテージのライブ、そして月の203号室のライブ、と、聴くほうもたくさんある。映画も観たいが、リハーサルも大切である。

 旅行カバンのギターを探していたら、保坂監督の紹介で明日のリハーサルで会えることになった。嬉しいな。

風の生まれる森

img_5658.jpg 昨日の雪の午後、僕は待ち合わせをすっかり忘れて部屋で朦朧としていた。杉本さんから電話をいただいた時も、ことの重大さに気付くどころか、なんだか遠い世界の出来事のような、記憶の外側にいた。

「サクラホテルのオーナーが14時からお待ちですよ!」いただいた電話の着信時間を夜に見たら15時過ぎだった。一生の不覚である。こちらからお願いした待ち合わせの時間は14時だった。1時間も待たせたことになる。なのに、僕は杉本さんの電話に何と答えたか覚えていないのだ。

 そこで、今日、電話もしないでサクラホテルにお詫びに伺ったら、オーナーも社長も、メリーココの支配人もお休みだった。そこで、メリーココでサクラティを飲み、オーナーにお詫びの手紙を書いてフロントに預けた。

 メリーココは居心地が良くて、そこで作曲家の小磯綱騎さんからいただいたメロ譜に詞をつけ始めたら止まらなくなって、「風の生まれる森」が完成した。時計を見たら2時間が過ぎていた。    

 3月5日のメリーココの夜で、今回コーラス初参加の浅野由美子嬢に歌ってもらうことにしている。メロディは先に送ってあるので、早速、出来立ての詞を送った。まだ感想はいただいていない。

 朗読劇「昭和の恋人たち」の主題歌にさせていただいた曲だが、その作品のなかで、昭和33年熊本の片田舎で起きたエピソード「風の生まれる森」と「野いちごの季節」を主題にした。僕の10歳の頃の話で、他愛のない少年の記憶である。読み人は優木奈緒嬢だったので、彼女もきっと気に入ってくれるだろう。3月5日のメリーココのコーラスに優木奈緒嬢も参加してくれる予定なので楽しみである。