奇跡という名の夢を待って…

 花は咲き、そして枯れ、やがて朽ち果てて風になり、あとかたもなく土に帰る。ひともまた、同じ運命にある。蕾から花開く初々しい花の季(とき)は、束の間である。それは確かに美しい。しかし、世阿弥や千利休は、秘すれば花、侘び寂びの美学、と、枯れた後に本当の美しさがあると説いた。僕もようやく、その真意に手の届く歳になった。だからこそ、咲き始めの花の美しさに儚さを感じることが出来る。明日から始まる新春新進女優朗読会は、みずみずしい新進女優さんたちの競演である。決して完成形ではない、あやうさも儚さも同居した華やかで、清楚で、独特の美しさに彩られた舞台である。何よりも、今回の演出では”女優の品格”を求めた。感じ取っていただけたら幸せである。

 舞台で、楽屋で、袖幕の蔭で、掌が冷たくなるような緊張や、胸が痛くなるような切なさを感じながら舞台に登場する新人女優さんたちに、惜しみない拍手を贈って欲しい。彼女たちにとって、それが何よりの感動だと信じる。努力の向こうに奇跡はあるのだと、彼女たちに味合わせてあげたい。それが、作・演出家の願いです。シアターKASSAIでお待ちします。

語り部の系譜

 朗読劇の脚本を書き演出をしている。しかも、読むのはミメ麗しき乙女たちである。古く稗田阿礼(ひえだのあれい)を想う。日本にまだ文字がなかったころ、人は口伝で歴史を語った。

と、そんなかたい話ではなく、少女たちが語る等身大のエピソード。時代は違ってもピュアな心は一緒である。今日も終日稽古であった。22名の乙女たちが、昭和の恋を語る。稽古をしながら、僕は不思議な感覚に捉われた。限りある命の人間がその想いを伝えるために言語を創り出した。進化とともにその言語体系は複雑化してきたが、心の深いところでは何一つ変わることがないのではないだろうか。少女たちが懸命に伝えようとする物語を聞きながら、僕は何度も涙がこみ上げてきた。

 僕たちの仕事は、自分のためにやっているのではない。これほど明確な仕事はない。聞いてくださる方がいなければ成立しないのである。ウグイスやひばりが歌うのとは訳が違う。演じるのだ。朗読劇も立派な演劇形態のひとつである。土曜日、日曜日の2日間だが、池袋シアターKASSAIに清々しい風が生まれることを願って稽古を終えた。是非、劇場へお越しくださいますよう、よろしくお願いします。

女優の資質

 僕の言う女優とは、舞台の板の上でしっかり立って演技の出来る、発声も滑舌も表情筋も含めて基本をマスターした後の、本物の女優のことである。だから、そういう努力もしないで簡単に美貌だけで女優で御座いますという似非女優を僕は女優とは呼ばない。今回の新進女優朗読会のキャスティングは、そういう意味で絶妙である。崔さんの実力を思い知った。

 今日の登場は、昭和41年ビートルズが日本にやって来た年の18歳、高校3年生の女の子の恋物語「ウインターグレー~冬の感傷」を朗読してくれる期待の新進女優さん、先ずは優木奈緒嬢。先日竹内緑郎のライブメリーココの夜で、藤井プロデューサーに紹介されたのが初対面だが、名前の印象よりずっと明るい清楚な女優さんだ。大輪の花開く寸前のワクワクする風情がある。ただ本人が、その花開く時期を自覚していないのが、不思議でもあり面白くもある。3年後、彼女が映像に舞台に活躍しているかどうかは、彼女のこの1年にかかっていると言っても過言ではない。続いて登場は、冨手麻妙(とみてあみ)嬢。彼女は若干16才、スタイルも美貌も申し分ない資質を持った新進女優だが、自覚している通り、滑舌に難がある。その克服さえ出来れば、演技の資質も同世代で抜きん出たものがあるので、あっという間に頭角をあらわすだろう。これは、予言でも何でもなく真実である。彼女に、あのイチローのような努力が出来れば映画監督、テレビプロデューサー、舞台演出家が放っておかないだろう。今回、二人は、6回の全公演で交互に役を演じ分ける。実に楽しみである。続いて現れたのは、クリスマス公演のショートプレィで、見事な演技を見せてくれた天才少女広森かの子嬢、嬢と呼ぶにはまだ若い14歳の中学2年生である。彼女は、オープニングの「淡雪のように」を一人で朗読する(30日12時の回、15時の回の2回出演)が、当然のように上手過ぎる。山郷の11歳の貧しい少女の初恋物語、時代背景も調べて初見から的確な演技をするが、彼女にはもっと上を目指して欲しいので、褒めることよりダメだしが多くなってしまう。言ってからハッと気付く。まだ14歳の少女である。子供らしい、はつらつとした演技が出来ればそれでよいのである。誠実に台本と向き合うことだけで、充分広森かの子の魅力はわかる。思ったよりも早く稽古が進んだので、衣装の打ち合わせも出来た。しかし、崔さんの過酷な注文は続くので、サッカー日韓戦の観戦を我慢して原稿を書くことにしよう。明日の稽古も楽しみである。では、また明日。

幸せなんて遠い昔に置いて来たよ

 老後の人生を楽しんでいる同級生がいる。まだ現役で会社の経営に苦労している同級生がいる。先輩が、後輩が、僕の芝居やライブに駆けつけてくれる。ひょっとすると、僕が一番幸せなのではないかと思ったりする。金も名誉も地位も手にいれることは出来なかったが、得がたい友人と好きな事の出来る人生、やせ我慢ではなく、感謝している。

 昭和の物語を書いていると、その時代が鮮やかに脳裏によみがえる。勿論、昭和23年生まれの僕は、大正モダンの残る昭和初期や2・26事件、開戦も終戦も知らない。けれど、戦争が終わって10年ばかりは、まだ昭和初期の残り香があった。昭和39年の東京オリンピック、41年のビートルズ来日、45年の大阪万博、記憶のフィルムは鮮明になってくる。

 昨日、稽古前にお茶の水の学生街の喫茶店で、崔さんと昭和の出来事を調べて見た。忘れていることがたくさんあった。東京ディズニーランドの開園と劇団四季のキャッツ初演が同じ昭和58年(1983年)で、その年にファミコンが生まれ、NHKで「おしん」の放送が始まったことも、新鮮に感じられた。1月29日、30日の新進女優朗読会に書いた脚本にはたくさんの昭和の香りを込めたつもりだが、さて、いかがであろうか。今日もこれから稽古である。舞台は、たくさんのお客様」にお越しいただいて成立する。崔さんは誰よりもそのことを理解しておられるので、仕事は厳しいが素晴らしいプロデユーサーである。仕事に人格を持ち込むと失敗することがある。幸せなんて甘い言葉は放棄したところから仕事は始まる。なのに、崔さんには怒られるかも知れないが、僕は幸せを感じている。それは僕が物を書いたり演じたり歌ったりする、極自分勝手な仕事だからなのだろうかと、思う。孤独が道連れだと言えば、気取りすぎだろうが、今は、深夜の吐息さえも愛しく感じる。では、稽古に出かけます。また夜に。

朗読劇の難しさと面白さ

 今日から朗読劇の稽古が始まった。ラジオドラマを舞台で実況するような形体だが、ラジオドラマより難しい。何故なら、ドラマを聴いてもらうだけでなく、その姿も見られているからである。見られていなければ、裸足でやろうと欠伸をしようと構わない。そんなリラックスは演出家のOKが出ても、女優の美意識として許せるものではないだろう。衣装だって、舞台ではないので役とは別でよいのだが、見られているので、あまりにかけ離れてはイメージ的に損をする。そんな難しい朗読劇に挑戦してくれる勇気ある新進女優さんたちのために、作・演出家として全力を尽くして稽古に参加している。

 稽古初日の今日は、物語全体の鍵を握るストーリーテラーをお願いした江口ヒロミ嬢との稽古から入った。江口嬢は映像や舞台で活躍されているので、何の心配もない。自分の出番ではない物語の読み合わせにも快く手伝っていただいた。エンディングには彼女の一人芝居を用意した。仕上がりが楽しみである。続いて、5番目の物語「江古田スケッチ」を朗読(30日15時開演)していただく朝日麻衣嬢の登場。卒業間近の女子大生の恋と人生の旅立ちに悩む物語。朗読劇は初めてらしいが、歌手らしい勘のよさで見事に主人公の心のゆれを表現していただいた。こちらも本番が楽しみである。

 少し休憩を挟んで、2日間6公演全出演の猪野由梨果嬢と、29日土曜日3公演出演のこのんちゃん(12歳)の登場。このんちゃんはミュージカルやライブで活躍する子役スターである。朗読劇は初めての挑戦らしく読み始めは緊張していたが、堂々としていてさすがだった。彼女は、今回トップバッターで登場、昭和初期の雪深い山郷に住む少女の雪のように淡い恋のお話を朗読する。こちらも本番が楽しみである。猪野由梨果嬢は、昨年3月公演「LOVEMEDOLL」に出演の予定だったが大学の卒業と重なって出来なかった。今回は思う存分舞台を楽しんでほしいと思う。彼女は全公演出演するので、いろんな役を演じてもらおうと思っている。

 明日も午後から稽古が続く。「新春新進女優朗読会」~あのマフラーは何処へ~出演者は23名、稽古の感想をまた明日お楽しみに。本番は1月29日~30日。チケットは劇団HPでお求めを。では、また明日。

夢遊病者の旅

 朗読劇の原稿を仕上げていたら、北原マヤ嬢が歌の稽古にやってきた。時間は夕方の六時前だったと思う。22日のライブで彼女に歌ってもらう新曲の「桜影法師」を早速練習した。彼女は覚えが早いので、続いて「HOTEL安穏夜」のコーラスを練習した。1時間が過ぎて、横浜にギターを借りに行く時間になった。北原嬢と別れ、ノートを手に中野新橋から電車に乗った。新宿で小田急線に乗り、町田で横浜線に乗り換えた。電車の中で、一話の半分を書いた。横浜線の中山駅で下車して赤杉君に電話を入れたら駅まで迎えに来てくれた。引っ越したばかりのマンションは羨ましいばかりの広さだった。一部屋借りたいくらいだというと、機材置き場ですよと言われた。次弟と二人暮しで、コーヒーをご馳走になった。レスポールはケースに荷造りしてくれていたので、フォークギターで「HOTEL安穏夜」を歌ってあげた。何よりも僕のいでたちが怪しいらしい。いつものロングコートに黒ソフト、黒眼鏡で、ギターを背中に担いだ姿は、自分でも形容し難いものがある。同じコースでの帰路、物語の半分が出来上がった。新宿西口のスカラ座で制作の湯浅さんと待ち合わせ、出来上がった物語を読んだ。舞台は昭和54年の冬、場所は西武線の江古田駅、学生街のお話である。崔さんに昼間急がされたので、仕上がってよかった。湯浅さんも褒めてくれた。昭和4年の話も出来上がっていたので、あと4本明日まで仕上げる予定である。書きあがると、ほとんどがプロットと話が違ってくる。今回は何だか思うようにならない。というのも、先週から、僕のマンションはコンクリートを掘り返す下水道の大掛かりな工事が始まっていて、僕が眠ろうとする朝の8時から削岩機が唸りだし、マンションが震える日々が続いている。当然、僕の眠る時間がない。それで24時間朦朧としている。打ち合わせをしたり、食事をしたり、日々の生活を送っているのだが、実感がない。全てが夢の中の出来事のようなのだ。明後日はライブである。気持ちが焦っているかというと、そうでもない。しかし、あまりにも僕が朦朧としていたのだろう、心配した湯浅さんがタクシーで家まで送ってくれた。ちゃんとお礼を言っただろうか、それすらも漠然としている。このブログも後で読み返したらきっと削除したくなるに違いない。横浜へ行って来たのは事実だ。赤杉君のレスポールが手元にある。明日はしっかりライブの練習をしよう。

夢の時間

 極端に眠る時間が少なくなると、白日夢を見る。原稿を書いていたり歌っていたりするが、現実ではない。中学の頃、少し人より走るのが速かったので駅伝にかり出されたときは夢の中でも随分走った。疲れた気分になるのだが、実際は走っていないわけだから練習にはならない。同じように、いくら夢の中で原稿を書いても出来上がっているわけではない。残念である。

 今日も朝から空には雲ひとつなく、太陽は燦燦とふりそそぎ、風も穏やかで、申しぶんのない冬の天気である。しかし僕は、原稿を書き続けている。疲れてソファーに横になっても、夢の中で原稿を書き続ける。久しぶりにワープロから原稿用紙に戻したのが原因のような気もする。

 明後日は”メリーココの夜VOL2”ライブが待っている。赤杉くんのレスポールがとても弾き易いので、夜に横浜まで借りにいかなくてはならない。メールで電車の乗り継ぎを教えてもらったが、たどり着けるか心配である。僕の335もそうだが、エレキギターは重くて仕方がない。

新春新進女優朗読会

 

 パソコンを開くと、プロデユーサーの崔隆一さんから以下の文章が送られて来ていた。日付を見ると、悠長に構えてはいられない。原稿はほぼ出来上がっているが、出演者が増えているではないか?!僕なら台本のひとつやふたつ朝飯前だろうと思われている崔さんの期待に応えなくては男がすたる?と、僕は原稿用紙に向かうわけである。

 江口ひろみ嬢は素敵な女優さんだし、広森かの子は中学生の天才女優である。初めてお会いする女優さんたちもあるが、猪野由梨果嬢や安井紀絵嬢は劇団の北原マヤがダンスの振付をしている。猪野由梨果嬢には一度劇団の芝居にも参加してもらったことがある。冨手麻妙(あみ)嬢は尊敬する藤井プロデューサーから紹介され「一緒に芝居をしよう」と言った記憶がある。新春からたくさんの新進女優さんたちの朗読会に脚本・演出で参加出来るのは幸せである。ただ、時代は厳しい演出を望んでいないようで、少し寂しい気がする。昭和も遠くになりにけり、であろうか。

 新春 新進女優 朗読会

 「昭和の恋人たち」

作・演出 朝倉薫

 

昭和の末期にスーパーアイドルを産み出し、時代を席巻させた

劇作家・朝倉薫が再び、激動の昭和に挑む!

 

昭和を生き抜いた九人の女の人生を華麗な音楽と共に送る、

朝倉薫入魂の七編・・・朗読劇・昭和の女たち。~あのマフラーは何処へ~

 ■日時

※開演は各30分前です

2011年1月29日(土)

13:00 16:00 19:00

2011年1月30日(日)

12:00 15:00 18:00

 ■出演

※順不同・敬称略

※都合により出演者変更の場合がありますのでご了承ください。

2011年1月29日(土)

13:00=江口ヒロミ、冨手麻妙、平野恵里佳、優木奈緒、このん、徳留しづか、猪野由梨佳、桐林明日菓、宮永麻衣

16:00=江口ヒロミ、冨手麻妙、平野恵里佳、優木奈緒、このん、徳留しづか、猪野由梨佳、秋山えりか、結貴

19:00=江口ヒロミ、冨手麻妙、平野恵里佳、優木奈緒、このん、徳留しづか、猪野由梨佳、槻城耀羅、安井紀恵

 

2011年1月30日(日)

 12:00=江口ヒロミ、冨手麻妙、平野恵里佳、優木奈緒、内田彩、広森かの子、猪野由梨佳、みずき、山崎ゆりか

15:00=江口ヒロミ、冨手麻妙、平野恵里佳、優木奈緒、内田彩、広森かの子、猪野由梨佳、朝日麻衣、安井紀恵

18:00=江口ヒロミ、冨手麻妙、平野恵里佳、優木奈緒、内田彩、広森かの子、猪野由梨佳、工藤杏、宮永麻衣

クラプトンカツ!

 さくらカフェの絢子嬢から、腕が治ったのでランチを再開すると連絡があった。昨日のことである。早速、崔隆一さんと高橋文明氏を誘って出かけた。昨年11月の中旬に利き腕を骨折されてから約2ヶ月ほど、さくらカフェはお休みだった。僕らが再開一組目の客だということで、お雑煮まで用意されていたので、いたく感激した。

 崔隆一さんは友人と呼ぶには恐れ多い稀代のプロデューサーであるが、何処にも名前をださない陰の人で、僕がブログに名前を載せたことがわかると激怒されるかも知れない。しかし、僕のブログは名前を載せるのが原則?なので、お許しいただくしかない。30年来の知り合いであるが、親しくしていただくのは、この数年である。最近かなり接近しているので、注意しなくては…と、思っていたが遅すぎた。昼食が済んでお茶の時間になると、「夕飯はクラプトンカツにしよう!」と、勝手に予約の電話を入れ始めた。

 「これから何処へ?」

 「メリーココにポストカードを届けに」

 「おお、私も渋谷へ行くところだった」

というわけで、メリーココにポストカードを届けて、崔さんとサクラティを飲んだ。僕は大の甘党なのでサクラティに砂糖を3杯いれたら、崔さんの疎ましげな視線がするどく手元に来た。

「あっ、僕がこうしてティカップに砂糖を3杯入れてしまうのはですね、子供の頃観た石原裕次郎の映画”若い人”で、裕ちゃんが喫茶店でですね、珈琲に砂糖を3杯入れて美味そうに飲むシーンがあるんです。どうもあれから、コーヒーに砂糖を3杯入れる癖がついて…」崔隆一さんは、僕の弁解など聞く時間がもったいないらしく、何処かに電話をかけておられた。そして、電話が終わると、「では7時にクラプトンカツで」と、言い残し、颯爽と去っていかれた。

 僕は、近くのスタバに移動して原稿を書いた。18時に制作の湯浅さんから電話があり、崔さんと合流して原宿に向かった。

 明治通りから路地に入った静かな佇まいのそのトンカツ屋は、あのエリック・クラプトンが来日すると必ず食べに寄るという有名な店らしい。暖簾をくぐると、なるほど、ひと目で美味そうな店だとわかる。崔さんはロースカツ、湯浅さんはクラプトンが食べると言うチキンカツ、僕はひれカツを注文した。その旨さに言葉もなく、僕らは黙々とカツを食べた。

 若かりし日の崔隆一さんは、決して人前で食事を摂る人ではなかった。僕の記憶に鮮烈に残るのは、黒いスクリーンを貼った高級車の後部座席に座った凛々しい男だった。しかし、僕とて、他人の記憶にはどう残っているか知れたものではない。人生イメージが大切だと、しみじみ思った。

メリーココの夜VOL.2リハーサル

 家の洗濯乾燥機が完全に壊れたので、近所のコインランドリーに洗濯物とギターを持って乾燥しに行った。乾燥機に洗濯物を放り込んでギターを弾いていたら神津さんから電話があった。スタジオに来たが空いていないという。開始を1時間遅らせたメールを読んでいなかったらしい。で、コインランドリーに来てもらった。

 「充分あやしい人です」そういわれて、はたと自分の服装を窓ガラスに映して見た。ベージュのロングコートに黒いソフト、黒眼鏡に黒い皮パンとブーツ…の灰色の髭の男がギターを弾いている。確かに、これは充分にあやしい。時代も年齢も、職業も、超越している。

 待合室のテーブルに譜面を広げて神津さんと打ち合わせをしていたら、あっという間に1時間経過、乾いた洗濯物を家に届けて、近くに何でもあると便利だなと思いながら、近所のスタジオへ向かった。16時から18時まで、ピアノとギターで曲を確認しつつ歌って、18時にゲストの守沢さんが愛器を担いでスタジオ入り、早速、僕の「獏の群れなす夜に」の守沢バージョンを披露していただいた。無理やり僕の歌を歌っていただくのは恐縮だが、アレンジも歌も深い味のある見事な守沢節になっていた。本番が楽しみである。少し遅れてコーラスの北原マヤ嬢、西本早希嬢が入り、音あわせ、制作の湯浅さんも来てパンフの打ち合わせも出来、無事にリハーサル完了。

 しかし、公共の場ではあやしいスタイルも、スタジオに入ると何の違和感もないから不思議である。長い年月、他人の目を気にしないで済む仕事をしているので、気付かないうちにかなり変なファッション感覚になっているのかも知れない。竹内緑郎はそれでいいのだろう。流れる雲のように、フワフワと生きて欲しい。デラシネ世代の最期の生き残りかも知れないのだから、何も気にすることはない。そのかわり、劇団をやっている朝倉薫は、もう少ししっかりしなくてはいけない。今年は20周年記念作品が次々と待っている。