台風と競馬と孤独の思想

 このブログを書いている今(18時)、首都圏に台風14号が最も接近している。今日の東京競馬は中止だったらしい。反逆の詩人秋山清の「わがこころのバック・ミュージック」は、1974年4月1日に青ガ(女ヘンに我と書くがパソコンにない)書房から発行された、僕の貴重な愛蔵書の一冊である。この歳になって熱い青春論を語ろうとは思わないが、青春の歌を歌うとき、秋山清は僕に檄をとばしてくれる。だから年に一度は書棚から取り出して読む。

 というのも、実は先回の公演に音楽で参加していただいたぺぺ田代さんのギターコンサートに友情出演と称して2曲歌う羽目になってしまったのである。慌ててギターを弾き「江古田スケッチ」と「ポケットの夢」を練習した。幸い外は嵐で、休日のマンション住人にも迷惑な声が聞こえなくて済む。

 秋山清の随筆に「さすらいの思想」というのがある。当時(1972年頃)有名になった”放浪の俳人種田山頭火”をやんわりと批判した文章は、さすが反逆の詩人の面目躍如である。秋山清のいう”さすらいの思想”から、種田山頭火の放浪は程遠いというのだ。彼は対象として勝新太郎の映画”座頭市”を取り上げる。現実と架空の物語で勝負になるかは別として、「さすらいとはあてもなく旅に彷徨して生きることであり、だからそれは、来るに必然がなく行くには期待も無いということである」と断言する。「山頭火のさすらいは、行く先々に俳句誌「層雲」の仲間が酒や宿を提供するので、行乞としても甘い」というのである。

 そこへいくと、僕の「孤独の思想」など、ココアに砂糖を入れすぎたより甘いと笑われるだろう。僕は必然を持って東京に来て、期待を抱いて時代を生きている。必然とは芝居を観て貰うことであり、期待とは歌を聴いてもらえることである。競馬の予想は素人のてなぐさみに過ぎない。それでも時折的中するので、大レースの前になると電話やメールで訊ねられる。明日は142回天皇賞である。府中の2000メートルをサラブレッドの精鋭たちが失踪する。新聞の馬柱を見ると、今年は7歳馬が5頭、3歳馬が5頭、5歳馬が5頭、6歳馬が2頭、4歳馬は一番人気のブエナビスタがただ一頭、しかも雌馬である。計18頭のなかから1着、2着、3着を予想する。先週推奨していた5枠10番シンゲンが何と2番人気に上がってきた。こうなると買いたくなくなるから素人の予想は困るのである。ブエナビスタを2着に固定した3連単で、1着にシンゲン、3着にネバァプションとアーネストリーの2点でどうだろう、と、答えておいた。しかし、最も充実した歳の4歳牡馬は何処にいるのだ。オールカマーの勝ちっぷりと藤田騎手の腕に惹かれたので、人気を承知で。忘れてはならないのが天才武豊騎手、今回は人気薄の11番アクシオンに騎乗する。武ファンは絶対買うべきだろう。僕が買うとすれば、11番から先の4頭に3連単マルチと行こう。貧乏劇作家は机上の競馬を楽しむばかりである。ダービーに続いての夢馬券だが、責任は持てないのでくれぐれもご注意を。アクシオン、シンゲン、ネバァプションときたら、孤独の7歳馬トリオである。しかも、戸田、二宮、伊藤正厩舎はともに美浦北、関東馬だ。こうやって”とんでも”の世界へ入り込む。机上の競馬の楽しいところである。幸運を祈る!

まだ若い友へ

 若くしてライフワークに就ける幸福な人は稀であろう。誰もが自分の特質や才能に気付く訳ではない。親や先生に勧められたが、どうもしっくりいかない仕事もあるだろう。経済的な余裕がある場合は焦らずに済むが、自活を強いられている場合は難しい。だが、しかし、決して焦ってはいけない。僕は演劇をライフワークと決めたのが42歳の時だった。幾つでも構わない。探せば見つかるものだ。

 僕の若い頃の失敗を吐露すれば、焦って動き過ぎた。どれもこれも中途半端に終わった。しかも、反省する時間もとらず次の仕事にチャレンジして失敗を繰り返した。決して動きすぎてはいけない。地球は廻っていて、風も吹いている。じっと時を待つことの大切さに気付いた人は、その日のために鍛錬を怠らない。語学、数学、物理、音楽、絵画、肉体的特徴、人には必ず特性がある。自分で見つけ出す作業が若い日の仕事である。自分で決めたことは他人の所為に出来ない。苦しいが、価値のある仕事だ(勿論、自分にとって価値があることで、社会的意義はあとからついてくると信じる)

 今取り組んでいる仕事が腰掛だったら楽しんでやればよい。誰にも迷惑をかけず、目立たず、波風を立てないようにすればよい。しかし、一旦、一生の仕事と決めたら命を賭ける覚悟で取り組むことだ。茨の道かも知れない。理解してくれる人はいないかもしれない。それでも進むのだ。安楽な人生、戦うだけの人生、さまざまな人生を君自身が選べばよい。そして僕らは、良き友人として生きて行こう。僕が語れるのは失敗談の方が多いのは残念だが。

うつろう季節に想う

 金木犀の香りを風が運んで来たのも束の間、季節は急いで冬支度。朝夕の冷え込みが身体に凍みる。仏蘭西に行きたしと思うが、新しい背広もない。舞台衣装で貸した背広とワイシャツ、アスコットタイをクリーニングに出し、綿物の衣装を洗濯した。衣服は洗濯すればさっぱりするが、心に付いた沁みは易々とは取れない。哀しいばかりである。

 物事を、笑って受け止められる心の広さが欲しい。幼い頃から母に「胆の住まいを広げなさい」と、何度言われたことだろう。この歳になって、まだ、そんな小さなことに心が揺れる。別に自分を大きく見せようと言うのではない。煩わしさにへきへきするのだ。人と人とがふれあうことに意味があるとすれば、憎しみあうことではなく慈しみあうことだと思う。実践してくれる劇団員、スタッフに本当に感謝している。劇団総会のみんなの笑顔がたまらなく嬉しい。だから、僕はせっせと特製おにぎりを作る。片山竜太郎はちょっと食べ過ぎの感がある。

 

僕は遠くから来た

p2010_1020_163120.JPG 東京で暮らして40年が過ぎた。何処に行っても東京へ戻って来てしまう。倫敦、巴里、紐育、暮らしたい街は何処も大都会であるが、東京の空気が一番身体に合う。九州の山里で生まれたのに、どうも田舎の空気に馴染めなかった。これは感覚だから仕方がない。

 中野坂上で暮らして26年になる。そろそろ違う街に引っ越そうと思う。思うだけで行動には移せない。住みたい街は湯島か神楽坂だ。想像するだけで楽しい。マンションは厭きた。今度は純和風の平屋がいい。縁側から出入り出来て、寝転んで月を眺めたい。友人が訪ねて来たら、熱燗で一杯やる。庭に七輪を焚いてスルメを炙る。ギターを弾いて歌を歌う。

 やっていることは今とたいして変わらないが、マンションの庭では風情に乏しい。それに、芝居が終わった昨夜、解体した舞台装置が庭に山と積まれた。しばらくは材木の山を眺めて暮らすことになる。父を迎えるどころか、自分の居場所さえなくなりそうだ。何処か遠くへ逃避行したい気分だが、みちゆきの手を携えるひともいない。こんな夜に書く戯曲は、切ない物語になる。

 僕は遠くからやって来た。だから遠くへ去って行くだけだ。たくさんの物語といくつかの歌を君に残して行く。覚えていてくれるのは、笑い顔だけでいい。ぢゃぁね!

ほとんど嘘みたいだが、本当なのだ!

 舞台「僕のマリィ」が終わった。虚脱感が少ないのは次々と難題が待ち構えているからだろう。その方が歳をとっている暇が無い、と、高齢の名医がおっしゃっていた。人生とはこういうものなのだろう。

 今回の舞台で、ご観劇いただいた方々に”嘘でしょう?”と言われたが、今回の芝居は尋常ではなく短期間で仕上げた。しかし、自慢することではない。むしろ、準備期間の少なさを反省すべきであろう。20年を共にしている舞台監督の犬飼克彦をはじめ、劇団員の結束があればこその仕事だった。9月29日に演奏を依頼したぺぺ田代さんの仕事の早さにも敬服した。この舞台を共に作って、彼の熱情、意識の高さ、無垢な精神性に触れられたことがどれだけ救いになったか知れない。千秋楽の幕が下り、共に肩を抱いて泣いた。

 俳優の面々には、今まで経験したことのない演技を短期間で要求した。ハムナプトラ田中氏には荒くれ男の成れの果て、筋肉の衰えた老水夫を、ダンサーの森川次朗氏には一切の動きを封じて謎の大富豪を、声優の吉川拓臣氏には、大仰な舞台演技を、そしてさとう珠緒嬢には4百歳の人魚から18歳の処女まで4役を。4人が登場する一人芝居ではないかと評してくれた方もおられたが、その通りである。それぞれが孤独な芝居であった。精神の深遠を何処まで覗き込めるかを俳優に要求する過酷な芝居、それが「僕のマリィ」である。

 5日間8公演、お越しくださったお客様にまずは御礼申し上げます。出演者、スタッフ、共に奮闘したカンパニーに深く感謝します。朝倉薫。

僕はここにいるよ!

200802151235000.jpg 片山竜太郎在団10周年記念公演「応!」は、麻草郁(あさくさかおる)君の書き下ろし脚本を僕が演出した。(2009年3月銀座みゆき館劇場)片山竜太郎の人徳で、劇団員は勿論、女優塩山みさこ嬢や劇団新宿ブルドッグ代表菅原純さんをはじめ、たくさんの方にご出演いただいた。実に鮮烈な脚本で、演出にもそれまでに無く緊張した。主人公の孤独な少年のモノローグで幕が上がる。少年は叫ぶ「僕はここにいるよ」その言葉を聞くたびに、僕は過ぎし日の後悔と責念の情がこみ上げ落涙した。脚本家が選び抜いた言葉は、鋭い刃物のように演出家に向かってくる。俳優の表現は百万通りあるだろうが、脚本家の真実はひとつである。作・演出の舞台に比べて演出のみの仕事はやせ細る思いであった。

 今回の初日に、その「応!」に少年役で出演してくれた山里薫くんが観劇に来てくれた。14歳での舞台デビューだった山里薫くんの身長は当時168センチであったが、僅か1年半後180センチを優にこえて現れた。もう、「僕はここにいるよ!」と叫ばなくても存在感は充分であった。夜にメールが来て、舞台を見ながら感激で身体が震えたとあった。そして、また舞台に立ちたいとも。初舞台の彼に、日曜日の昼間、浅草寺の境内の人ごみの中で、大声で台詞を叫ばせたりしたこともあった。辛い稽古に涙ぐんだこともあった。高校受験で一旦芸能活動を辞めたと聞いていた。それに、彼は県下でも名のあるバスケット選手でもあった。すぐにモデルが出来るルックスで、演技を鍛えればたちまちスターになれる素材だった。僕は「応!」で容赦なく鍛えた。

 しかし、「応!」は心残りの作品となった。僕は脚本家の叫びをまともに受け止めることが出来ず、するりとかわしてしまった。麻草郁くんはその名が示すとおり、僕のたった一人の息子である。幼い頃からずっと僕の背中に「僕はここにいるよ!」と叫び続けていたことを、僕が知らないはずはない。なのに、僕は突きつけられた刃をかわしてしまった。もう僕の人生は残り少ない。次にチャンスがあれば、真っ直ぐ受け止めよう。

 人は誰も、通行人Aで終わりたくはない。すべての人間が自分の人生では主役である。老水夫ジャックの人生は僕が語り継いだ。今紡ぎだしているのは、支那から来た半蔵、二代目服部半蔵の物語である。来年4月野方区民ホールで、在団10周年を迎える後藤享(ごとうあきら)と真一涼(またかりょう)が演じる。波乱万丈のアクション大活劇である。来月から共演者の募集が始まる。

 今日は19時からの夜公演のみで、久々にゆっくり出来た。当日券もありますので、よろしかったら是非お越しくださいませ。

触れずとも愛は存在する

photo12.jpg 「僕のマリィ」初日、二日目の舞台が終った。僕にとっては、贅沢な芝居となった。さとう珠緒、ハムナプトラ田中、森川次朗、吉川拓臣の4人の出演者が真剣勝負で役に挑んでくれていることも嬉しいが、音楽監督を依頼したぺぺ田代氏が、オープニングとエンディングに登場してギターの生演奏を披露してくれている。目指した”大人の芝居”に、更に深みが増した。ジャックとマリィの”みちゆき”にギターが号泣する。客席の隅の暗闇で、僕は感涙している。真摯に向き合う演劇の魂と音楽の魂が共鳴して、大団円に向かう。そこにはもう言葉はいらない。たった1本のピンスポットが、舞台に残された封されたままの真新しい酒瓶を浮かび上がらせる。音響、照明スタッフが息を止めて指先に全神経を集中させる最後の一瞬が、痛いほど心に響いてくる。

 写真はクライマックスに向かう前のジャックとマリィの出会いのシーンである。すでに老いたジャックは昔のようにマリィの乳房に爪を立てることは出来ない。彼は心でマリィを抱きしめ、心でマリィの身体を愛撫する。マリィはジャックのその愛を心で受け止め、感動に打ち震える。ハムナプトラ田中とさとう珠緒、俳優と女優の一騎打ちである。そこに言葉はない。静かに音楽が流れる中、無言の芝居が続く。「お楽しみはそこまでだ!」闇を切り裂くピエールの研ぎ澄まされたナイフのような声で我にかえるジャックとマリィ。日曜日の千秋楽まで残り5公演、是非その目でお確かめいただきたい。

 

遠く離れて

p2010_1019_232756.JPG 劇場の仕込みから照明の場当たりまで済ませ崩れそうな身体を引きずって帰宅すると、大阪に住む次姉から、今次姉の家に世話になっている父の写真が送られて来ていた。97歳になる父が僕と暮らしたいと佐世保の長姉の家を発ったのは7月のことだった。折からの熱夏と8月公演の準備で父を迎える準備も出来なかった僕は、ひとまず大阪の次姉の家に父を足止めした。そして先月、父が体調を崩して倒れた。僕は息子を伴い大阪に向かった。幸い一命を取り留めた父は、今回の公演には上京すると言って、リハビリに励んでいるらしい。しかし、姉の手紙では、東京までの旅はとても無理だとあった。

 思えば長い年月で、一緒に暮らしたのは数年であった。34歳になる息子とも、共に暮らしたのは数年に過ぎない。97歳、62歳、34歳、三人の男が、ふるさとを遠く離れて孤独の旅を続けている。帰ることは容易い。ふるさとに家もある。母の眠る墓もある。何故、僕は背を向けるのか!芝居を作り続けているからに他ならない。10年前、母が逝った日も芝居の千秋楽であった。姉の手紙には、僕の舞台の成功を祈って父が母の写真に手を合わせているとあった。疲れきった身体で読む手紙の文字が揺れる。僕が芝居作りを途中でやめるような男じゃない事を父は知っている。

 今度の舞台にも僕は魂を込めた。判ろうと判るまいと、信じようと信じまいと、真実はいつもそこに在る。観ようと思えばいつでも観られる。究極のエロティシズムを探しに来てください。貴男のマリィがそこにいて、貴女のなかのマリィがきっと見つかります。僕のマリィ。

 

そんな馬鹿な!

 世の中には人智では計り知れないことが多々ある。

 今日、最後の舞台稽古が終わった。スタッフは夜から仕込みに入った。明日は照明、音響のチェック、そして俳優の場当たりと続く。一日集中力を切らしてはならない。体力勝負である。

 装置に仕掛けは無いが、今回は人魚のマリィ、さとう珠緒嬢は、4回の衣装早替えとクライマックスの変身がある。今回衣装を担当する劇団女優北原マヤ嬢が徹夜でマリィの衣装を仕込んでいる。昨日から小道具の入ったジュラルミンケースを捜している。確かに僕の家にあったはずだが、何処を捜しても見つからない。昨日は仕方がないので、ピエールとアランには仮の拳銃を使ってもらった。小道具や衣装は劇団員が手分けをして保管しているが、そのジュラルミンケースは誰の家にもないという。そんな馬鹿な!である。

 庭にうずたかく積まれた材木の下にあるとは思えない。が、念のために捜してみよう。部屋の鍵やパスケースではない、三億円が入るジュラルミンケースである。見つからないはずはない。きっと、そんな馬鹿な!という所にあるはずだ。しかし、慌てるとろくな事はない。20日は初日である。本当に楽しい芝居に仕上がった。一人でも多くの方にご覧いただきたい。ローソンチケットでまだ間に合います!どうぞよろしく!僕の携帯電話をご存知の方は、是非ご一報くださいませ。では、小道具探しに戻ります!

芝居の怖さと面白さについて

 自分の全てをさらけ出して映す鏡が目の前にあるとする。そこに見えるのは目を背けたくなる醜悪な内面だとする。誰がそんなものを見たいと思うか、迷わず暗幕の裏に隠したとする。きらびやかな衣装、作り笑いの化粧、ことさら美しく見せようと飾り立てれば、真実は闇に溶けてゆくだけだ。そこからは何も生まれない。僕にとっての演劇は、その魔法の鏡である。

 脚本はいい。何故なら誰にも見られず、一人で書くことが出来る。嘘も真実も、織り交ぜて全てをさらけ出すことが出来る。問題は演出だ。目の前で俳優が演じるのは、僕の書いた真実の僕にほかならない。明白な事実を突きつけられて、その美しさに唖然とすることもあれば、その醜悪さに反吐が出そうになることもある。演じる俳優に罪はないのに、声を荒げたりする。醜いのは自分であるから、出口はない。それでも、芝居の怖さに目を逸らすことは出来ない。

 命も賭けない、生活の為さと嘯ける芝居なら笑ってごまかせるかも知れない。ところが、演劇をライフワークと決めて20年、ぎりぎりの神経でやっているので、つい命まで賭けてしまう。幸い、生き延びてはいるが、いつ終わるか知れたものではない。

 賭ける相手を間違えると、滑稽な結末が待っている。何度も負けたが死に損ねた。そして這い上がって、20年間賭けつづけて来た。64回目の勝負が、やがて始まる。決して孤独ではない。こんな僕でも一緒に戦ってくれる仲間がいる。師匠里吉しげみのいうダンディズムが、この歳になってようやく理解出来るとは、愚かしく悲しく、愛すべきナルシストの、これが宿命であろうか。恥ずかしい限りの人生、まだ続けるつもりでいる。