最高のファイナリスト 松山千春

201003291821000.jpg 満員の客席に拍手が鳴り止まない。18時半に始まったコンサートは21時を過ぎた。フォークギター1本をさげて、33年前にこのステージに立った男は、律儀にもフォークギター1本で、東京厚生年金会館大ホールの幕を下ろしに現れた。松山千春、歌手として、人間として、例えようもなく神々しく光り輝く男である。W氏ならずとも惚れこむに値する人物だ。

 自嘲気味に「俺と鈴木宗雄は共に地獄へ落ちる」と会場に笑いを誘っていたが、彼が地獄へ行けば、そこもまた天国と化すだろう。ステージから彼は吼える。「お前らは、徹底的に人を信じたことがあるか?!人生で、この人になら裏切られても笑って死ねる!と、思う相手がいるか?!」33年間、全国を回り続け、その動員力が落ちない歌手の言葉である。実に重く深い。

 49年間の活動に終止符を打つ東京厚生年金会館のファイナルコンサートは、最高のファイナリストで幕を閉じた。外に出ると、雪がちらついていた。底冷えのする靖国通りを新宿に向かって歩いた。♪回り道でも旅の終わりに、もう一度君に逢えたらいいね♪ アンコールで歌った松山千春の歌がリフレインする。真摯に、誠実に生きる姿を目の当たりにして、何をいうことがあろうか!この機会を与えてくれたW氏に、あらためて感謝したい。

遥かなる日々 東京厚生年金会館ファイナル

東京厚生年金会館ファイナル 今日、2010年3月29日、新宿にある東京厚生年金会館が、ファイナリスト松山千春のコンサートでその歴史に幕を閉じる。W氏に誘われて、幸運にもその場に立ち会うことになった。

 30数年前の記憶をたどってみる。九州の山奥から連れて来た新人歌手夏水りせのデビューアルバム”セルビア林檎”をプロデユースして、当時人気絶頂の漫画家竹宮恵子女史のイメージアルバム”ガラスの迷路”(こちらも僕のプロデユース)とジョイントコンサートを開いたのが、新宿厚生年金会館での初仕事だった。言葉に尽くせない恩を受けた音楽出版J&Kのおけいさんこと松村慶子さんに引き立ててもらわなかったら、生意気な若造はとっくに終わっていただろう。

 また、31歳で夭折した天才音楽家木田高介との出会いと別れも厚生年金会館での音楽を頼まなかったら、なかった。夏水りせのアルバム制作が終わって、僕と木田高介は、少女漫画家萩尾望都のアルバム”エトランゼ”の制作に入っていた。多忙を極める人気少女漫画家に歌を歌わせるという乱暴な企画だが、本人も楽しんで参加してくれていた。

 高介は免許取立てで、「新車を買ったほうが丁寧に運転する」という僕の忠告も聞かず、おんぼろの中古車を買った。どうせ、事故ってぶつけるから、と、いうのが、彼の言い分だった。

 おぼろげな記憶の糸を手繰る。木田高介は、ブレーキの故障した中古のおんぼろ車で河口湖に散った。次に作るはずだった”ドラキュラ幻想”のスコアを残して。親友の高橋隆と葬列に並びながら、僕らは一言も口をきけなかった。シンセサイザーを駆使した、当時は最も斬新なアルバムに仕上げる予定だった。僕は音楽業界を去り、その10年後劇団を立ち上げるまで、新宿で遊んで暮らし、身も心もぼろぼろに荒んだ。記憶の深い底から、思い出はよみがえる。人生に”もし”はない。だから、すべての現実を受け止めなければならない。新宿厚生年金会館は、今日で終わるのだ。そして、僕は生きている。

少女人形舞台の幕開け!

 5月21日(金)~23日(日)の3日間、秋葉原に新設するアトリエで、少女人形舞台のショートプレイ&ライブ「薫風(かぜ)の宴」を開催する。新しい稽古場で、言わば杮落とし公演である。今まで僕の舞台に参加してくれた女優さんたちも、快く出演してくれる。中にはスケジュールをずらして出演してくださる方もあって、本当に嬉しい限りだ。今、8月公演のスタッフ、出演者のオーディション中だが、スケジュールが合えば、その合格者の方にも出演していただきたいと思っている。何処までも不可思議を追求して、素晴らしい舞台をお見せしたい。

 桜の蕾に願いをかけてその蕾が満開になると願いが叶うと、いにしえの伝えがあるらしい。清々しい天気の昼下がり、待ち合わせた渋谷NHK西門前の桜にささやかな願いをかけてみた。四月になれば桜も満開になるだろう。夜桜にはちょっと早いが、今宵は六本木の桜の樹の下を通る。もうひとつ願いをかけてみよう。こうビル風が冷たくては、花冷えとしゃれ込む気にもなれない。「月光の不安」出演者よ来たれ!四月12日まで受付ています。

 

 

ビンボー劇団に稽古場再び!

 一昨年の夏15年来使用してきた稽古場を閉じて、流浪の劇団となっていた我が劇団。ご支援くださる方々のおかげで、秋葉原に待望の稽古場が出来上がる。5月21日~23日、杮落としとして久々のアトリエ公演開催が決定した。これまで劇団公演に付き合ってくださった方々をゲストに招いて、歌ありダンスあり、ショートプレイありのライブをたっぷりとお見せしようと思っている。約30坪のアトリエなので、客席は前のスタジオ同様、30席が限界だ。

 出演者、演目、チケット発売が決定したらお知らせするので、お見逃しなく。劇団員一同、息をふきかえしたように張り切っている。こうして芝居をやらせてもらえることに、本当に感謝している。まだ内装中なので、8月公演のオーディションは貸しスタジオをお借りしてとなるが、5月からは、秋葉原で気兼ねなく稽古が出来る。地下一階で天井が3.7メートルもあるので、殺陣やアクションの稽古も充分に出来る。来年在団10周年公演を迎える7期生の真一涼(またかりょう)や後藤昌享(あきら)が水を得た魚のように飛び跳ねる姿を想うと、胸が熱くなる。劇団員たちには本当に苦労ばかりかけている。自分が自分であり続けることの誇りと難しさだけは後姿でしめしている。解ってくれる劇団員たちと共に芝居を作れることの幸せは何ものにも代えられない。僕の心の支えである。

余韻を残して

 人間、去り際が肝心で一番難しい。残り香というのか、ほんのりと甘い香りを残して去る女優もいれば、何の感傷もなくさらりと去ってしまう女優もいる。どちらがどうとはいえないが、余韻を残されると弱い。もう一度一緒に仕事をしたくなる。よほど敬遠されたのか、連絡をしても全く音沙汰のない女優さんもおられる。舞台の演出などという因果な仕事は敬遠されて当たり前と覚悟はしているが、一抹の寂しさを覚える。

 長い付き合いの女優(有名声優でもある)田中真弓嬢からは毎回心のこもった手書きの公演案内をいただく。勿論、僕の芝居にも大袈裟でなく点滴を打ってでも駆けつけてくださる。嬉しさが倍増する。ところが、一斉メールで案内をいただく女優さん(若い方に多い)には、あまり感心しない。あれはやめたほうがよいと思う。便利かも知れないが、貰った方の気持ちも考えた方がよい。手書きの手紙とまでは言わないが、せめて、メールくらいひとりひとり出して欲しい。

 今回も舞台が終わって、その夜に何人かの女優さんから嬉しいメールをいただいた。つたない文章でも心は通じる。疲れて眠いだろうに、と思うと、胸が熱くなる。別に演出家が偉いわけではないが、ありがとうの一言で報われることもあるのだ。僕もまた、演じてくれた女優さんに感謝している。なのに、あれやこれや、余計なアドバイスをしてメールが長くなってしまう。気をつけているつもりなのに、下手をすると説教がましくなっている。僕が貰う方だったら敬遠されて当然だと思う。余韻を残すのは、本当に難しい。

「LOVE ME DOLL」の劇中、ドールが愛するサルに「きっと、また、いつか」と、言葉を残して去る。サルは、「また、いつか!って、言ってくれた」と、その言葉をよりどころに勇気をふりしぼる。また、ドールは言う「サル、言葉には裏の意味もあるのよ!例えばデートを断るとき、あなたとは行きたくありません、と言わずに、こんどみんなで行きましょうね!って言うの」

ところが、サルには全く理解できない。ドールは毒舌の裏で自分がサルをどれだけ愛しているか告白しているのだが。

ドール「サル、おんぶして!」

僕がサルなら、涙が出るほど嬉しい言葉だが(笑)

 

心が自由に旅する夜

 「少女人形舞台・LOVE ME DOLL」の舞台千穐楽、10代の出演者を中心にノンアルコールで打ち上げ、深夜はバラシを終えたスタッフの”大人の打ち上げ”、午前4時、小道具や衣装が山積みとなった部屋でひとり、心地よい眠りに落ちた。

 千穐楽を観に来てくれたいつも辛口批評のW氏が褒めてくれたことがよほど嬉しかったのか、竹槍で戦った充実感からか、夢で遥かな世界へ旅をした。

 古い牛皮のトランクを下げ、3人の少女(人形)と共に見知らぬ異国の街を歩いていた。喉が渇いたので広場の噴水の水を掬うと、懐かしいニッケ水の香りがした。真昼の陽射しを受けて、水は掌で七色の虹になった。少女たちが、コロコロと笑った。私は掌の水を口に含んだ。甘い水に喉が潤った。少女がバイオリンを弾き始め、広場は見物客であふれた。静寂の中で、少女たちが踊った。ドレスの裾が春風に揺れた。馥郁の時間は静止し、私の目には歓喜の涙があふれた。こうして私たちは旅を続けるのだと確信した。遠い未来の世界の出来事だった。

 公演が終わってしばらくは、事後処理に追われる。合間を縫って礼状もしたためねばならない。電話で済ませた方々は、より親しみを込めたのだと理解していただきたい。と、何と勝手な言い草だろう。すべての方々に深く感謝している。ただ学生時代の同窓というだけでお越しいただいた先輩方にもお礼の言いようもない。

舞台に幕はおりて

 銀座みゆき館劇場で公演中の「少女人形舞台・LOVE ME DOLL」が今日22日で千穐楽を迎える。すでに全席売り切れだが、たくさんの方からお問い合わせをいただいている。残念だが、お断りするしかない。夏の夜の花火に似て、打ちあがったらお仕舞いだ。録画では生の迫力に欠ける。舞台芸術の魅力は、劇場へお越しいただいて初めて味わっていただけるところである。なのに劇場には席の限りがある。効率がいいとはいえないが、何世紀もそのシステムが続いている。

 毎回、千穐楽の幕がおりると、しばらくは何も考えられなくなる。年々激しくなるのは、それだけ舞台に対しての思い入れも深くなっているのだろう。四月中旬には新しい稽古場も出来上がるので、夏公演の台本を書きながら旅に出るとしようか。などと、ぼんやり考えている。5月から「少女人形舞台」のライブを月1でやるという計画もある。舞台に幕はおりて腹話術師は去るが、僕はまだまだ去るわけにはいかない。芝居をやりたい人この指とまれ!が又始まる。

  このブログをご覧の方で劇場にお越しくださった方に、心から御礼申し上げます。本当にありがとうございました。次回もどうぞご期待ください!

 

父の誕生日

 3月20日に父が97歳の誕生日を迎えた。一緒に暮らしたのは数えて数年だが、連絡だけは取り合っていた。昨日、劇場入りする前に電話をしてみた。声が別人のようだと言われたが、歳をとると音声の周波数が聞き取れなくなるらしい。もう長くはない、という言葉を聞いてから30年にはなる。長寿の秘訣は自分の身体をいたわることだと、父を見ていると実感する。

 父に説教された記憶を思い起こしてみたが、見つからない。たった一度、中学時代大喧嘩をして病院に担ぎこまれたとき、「ほどほどにな」と、悲しまれたくらいだ。彼ほど人と争うのが苦手な人を知らない。兵隊に召集されても鉄砲を海に投げ捨てて帰って来てしまった人だ。非国民といわれようと、笑っていた。銃殺刑か営倉いりでしょ?と訊ねたら、いや、すぐ戦争が終わったから助かったらしい。と、他人事のように答えた。

 ほどほどに生きて97年の人生とは、どのようなものか想像するしかない。僕だって、他人からみれば、それほど切羽詰っては見えないのかも知れない。舞台も残すは3公演である。朝から空模様があやしい。明日まで晴れて欲しいね。

徒然に思う

 昨日から劇場入りを和服にした。帯を締めると背筋が伸びる。他愛ないが、年々身長が縮んでいくような気がしていた。実はそれが事実だったと気付いたときから、何だか背筋を伸ばす癖がついたように思える。

 それにしても、人間の脳とはこうまで多様かとつくづく思う。僕の芝居で、面白かったと絶賛される箇所を、あそこが気に入らなかったと指摘されたりする。新聞社の政府支持率のアンケートを見ても、わずか半年で支持率が半分以下に下がったりする。たった半年で、支持した自分の心変わりを置いて、裏切られたと相手を非難する。人間の脳は斯様に便利に出来ているのだ。

 心からもてなした相手から何の反応も返ってこなかったことを嘆いた僕に、劇団の北原嬢が「先生、見返りを求めたわけではありませんよね」と、一言。それはそうだが、たったひとこと「昨日はありがとう」ぐらい言えるだろう、と、反論して虚しくなった。確かに、汗をかいた事が報われなくても、相手を喜ばせようとした行動は見返りを求めたわけではない。スタッフの一人がいみじくも言った。今、劇団に残っている連中で、まともにお礼が言える人間がいますか?彼らは口下手で世渡り下手ですが、こんなに苦労する劇団に残っていることが素敵なことではないですか!そういわれれば、僕に付き合ってくれる友人たちも皆、世渡り下手が多い。

 その通りである。世辞上手の世渡り上手の心地よい言葉に何度だまされたことか。まだまだ、修行が足りないな、と、今日も反省である。

「人が何を考えているか、わかるものか!

「見えないものだってある。人の心とか」

今回の劇中のセリフである。

荒れ放題の庭で

   朝陽を受けながら、庭に出て差し入れていただいたラスクで朝食を摂った。 しばらく芝居に没頭していたら、庭が雑草だらけ。しかも舞台の大道具を作った残骸とそこらじゅうにペンキの跡が。つわもの共が夢の跡である。

 放っておいて荒れた庭を眺めていると、つくづく人の心も手入れが必要だと思えてくる。時間と手間隙を何に使うかで人の生き様も変わってくる。

急遽代役でバイオリンを弾いてもらっている松山総留(みちる)嬢は、この春からドイツの大学へ留学されるという。4歳から英才教育を受け、バイオリン一筋に14年、志しが揺るがないのが何とも凛々しく美しい。揺るぎっぱなしで60年を生きてきた僕から見ればまぶしすぎる生き方だ。雑草など生える余地もないだろう。

 一方では、進路で悩んでいる18歳も大勢いるだろう。卒業の季節、すべては思い出に変わってゆく。22日の千穐楽が終わったら、庭の手入れをしよう。今日は公演3日目、劇場の入り時間が16時なので、雑用を済ませてゆっくり出掛けよう。と、眩しい陽射しの中で予定を考えた。天気が良くて何よりだ。