夢中で追いかけたのは…

ひと夏を費やして夢中で追いかけた映画作りの夢…

先日お会いした某出版社の若き社長が「人生でこれほど頭を下げ続けたことはなかったです」

と、経営陣のトップになった感想をつぶやかれた。

ぼくも、心で同感!と、喝采してしまった。

このひと夏で今までの人生分(数えるほどしかないが)の何倍も、何十倍も、

ぼくは会う人ごとに頭を下げ続けた。それは、一心に映画を作りたかったからだ。

プロデュースまで引き受けたのは、本当に作りたい映画があったからだ。

残念ながら、夏の話なので製作は年を越すことになってしまった。

今、その作品の小説にとりかかった。小説が先に出てもおかしくはないはずだ。

夢中で追いかける先に何があるかはわからない。

それでも、ぼくは追いかける。

水に潜るのが大好きな少女の話。彼女は18歳、ギターを弾いて歌う。

アプネア~風の生まれる森~

 風は森で生まれ、旅に出てめぐり合う、あなたに、何処かで… 

本業である舞台も、11月公演「ビデオショップドリーミング~ニューヨークの魔女」の稽古が始まった。

こちらも夢中で稽古を続ける。もちろん、竹内緑郎も毎日歌いつづける。 

月見団子

 今年こそ中秋の名月を楽しもうと思ったが、東京の空は低い雲で覆われてしまった。

台風も近づいているらしい。

ぼくは、長野のOさんから頂いた白土のじゃがいもを蒸かしている。

バターと塩と砂糖で味付けして、マッシュポテトにして掌にころがる大きさの団子を作り、

オーブンで外側をこんがり狐色に焼く。おいしい月見団子の出来上がり。

このブログに写真を載せられなくなって久しい。傑作が載せられないのは残念だ。

スタッフの方にシステムの改良をお願いしているのだが、まだ解決していないようで…。

中秋の名月が拝めないなら、せめて月見団子を食べて夜を過ごそう。

長野のOさんには毎年季節折々にじゃがいもや果物をいただいている。

ひとり暮らしには多すぎるので、知人友人にお裾分けをして喜ばれている。

全国各地、いや地球の裏側からも頂き物をする。

ぼくに出来るお返しは歌と演劇しかない。

喜んでいただける作品を、精一杯作り続ける。

そろそろ稽古に入らねば!

 11月13日初日を迎える銀座みゆき館劇場公演「ビデオショップドリーミング~ニューヨークの魔女~」、

今回も素敵な魔女にめぐり合えて面白い舞台になりそうだ。

”最愛のフィアンセが遠い国の戦争から骨になって帰ってきたことでこの世のすべてを呪い悪魔に魂を売ったイメルダは、

ニューヨークの下町でビデオショップを営んでいる。

優しく美しい彼女は、アルバイトの女の子たちの憧れだった。

だが、彼女は恐ろしい悪魔のしもべ、少女たちの夢でパンパンに膨らんだハートを悪魔に捧げるのが使命だったのだ。

と、まあ、妖艶な演技と歌、そして華麗なダンスが要求される難役 。

その魔女役には、往年のアイドル原めぐみ嬢が決定。往年のアイドルと呼ぶのは失礼で、

バリバリの 現役で活躍されているシンガーである。

稽古に入るのが待ち遠しい。

その前に片付けなければならない裏方仕事がいくつもある。

それも楽しんでやれたら、素敵なことだ。

和語と万葉集と方言

九州を廻ると、その方言の豊かさに驚く。

日本語が万葉集から和語として形作られたことに異論はないであろう。

千年を経て文字として残っているので疑いようもない。

それに比べて、日本列島の北から南に広がる多彩な方言は、

語り継がれてゆくうちに大きく変化しているかもしれない。

”ああたぁ、どけぇ行きんさるちょ?”語尾のあがった柔らかな、長崎か熊本か判断できない、

老婆の優雅な言葉に、ぼくは万葉時代の官女を幻視した。

万葉集には夫が妻を”こなた”と呼び、妻が夫を”かなた”と呼ぶ歌がある。

ああた、というのは、かなたの変形なのだろう。かなたがあなたになり、やがてああたになったのだ。

”はい、佐世保から熊本へまいります”思わず笑みがこぼれた。

誰かが語り継がねば方言は跡形もなく標準語という東京のある区域の言葉に飲み込まれてしまうだろう。

高校の演劇部の30年も後輩のミートボール岡部くんは、肥後にわかという伝統芝居の劇団で活動している。

それはそれで素敵なことだと思うが、芸名のとおり巨漢のミートボールくんに、セルバンテスのドン・キホーテから、

サンチョ・パンサのひとり芝居を演ってもらいたくて台本を渡した。ぼくの劇団では片山竜太郎が長岡弁で演じている。

もちろん、ミートボールくんには熊本弁で演って欲しいと伝えた。実に楽しみである。

ビンボー?!が消えて一週間

 ブログのタイトルからビンボー?!が消えて一週間が過ぎた。

気のせいだろうが、なんとなく運気が戻りつつあるような…

そういうと、タイトルの名付け親W邊氏から、”1年たってもビンボーだったら、

やっぱりビンボー劇作家に戻してもらうから”と、半ば脅迫的に告げられた。

8月22日に運転免許証の更新に行った。5年前、免許更新2日後に、

20キロのスピード違反でゴールド(優良)が消えた。なので、今回は最寄の警察署ではなく、

試験場まで出向いて1時間の講習を受けなくてはならなかった。

翌23日から九州入り。雨続きと聞いていたが、時おり雲の合間から陽が射す程度で、

3日間、まだ夏らしい天気に出会えない。

23日の夕方から高校の同窓会に出席して、そのあと土日と、

親友T濱くんの南阿蘇にある別荘に泊めてもらった。

本当に、世話になっているばかりの親友で、ぼくの成功を心から待ちわびてくれている。

ブログからビンボーが消えたので、きっとうまく行く!と、言ったら苦笑された。

T林くんとともに、級友では数少ない成功者のT濱くんの冷静な判断力は昔から群を抜いていた。

面白いのは、二人とも学校の勉強はそっちのけで遊んでいたことだ。

人生は学校の成績では計れない。

次回の免許更新は平成31年と記されていた。

あと5年、 そう、すべてはぼくの心がけ次第なのである。 

 

月に一度の宴

 昨夜は少女人形舞台幻奏の宴VOL.18でした。

ほぼ月に一度のペースで開催している。

久し振りの六本木ライブハウスBeeHiveは大いに盛り上がった。

ご来場のお客様、そしてスタッフの方々に厚く御礼申し上げます。

明けて今日は、残暑見舞いを書き上げようと思ったが、大切な方との約束があったので昼から出かけた。

相変わらずの猛暑で、サウナのような汗をかきながら歩いた。

帰路、カキ氷の幟が目に入り、我慢できなくなって店に飛び込み、カキ氷をかきこんだ。

眉間が痛くなるほど冷えたが、それも束の間、家に着くころにはまた噴き出す汗。

水風呂に身体を沈めたら、ジュッという音がした(ように感じた)

夜はまた打ち合わせがあるので、これから出かける。

あ、運転免許証の更新を忘れていた。誕生日から1ヶ月、もうすぐだ。

明後日は朝から九州へ向かうので、明日しかない。スピード違反があるのでゴールドではない。

一般で講習を受けなくてはならない。

早く涼しい風が吹いて欲しいと願っていたら、九州は雨ばかりの天気が続いているらしい。

今年の夏も、慌ただしく終わりそうだ。

ビンボーが取れた?!

 このブログをご愛読くださっているYさんから、

祝!脱ビンボー!のメールが届いた。

何のことだろうと思ったら、このブログを開始するときつけてもらったタイトルの、

「ビンボー?!」が、取れているということだった。

洒落にも通じる人と通じない人があるので、外したほうが良いのではないかと、

最近、スタッフさんに申し入れていたのだ。

と、いうのも、ちょっとオカルトめいた話だが、このブログを始めてから、

洒落ではなくビンボーになってきたからだ。昔を知っている人は、またまたご冗談を、と笑うが、

ぼくは今、ビンボーのどん底にあるのだ。打った芝居はことごとく赤字で、映画の企画は殆どがボツになり、

競馬も3年前のダービーを最後に連戦連敗、高速道路で80キロを少し出たら速度違反の切符を切られ、

免許証はゴールドから一般に格下げとなり、ビンボー神が下宿しているのでは?と、時々部屋の隅を見つめたり、

数少ない友人以外は、声もかけてくれない昨今だったのである。

調子の良い人は時々寄ってきたが、いずれも食わせ者で気付けば被害を蒙っていた。

「祝!脱ビンボー」は、暑さで目も眩む昼下がりのメールだったので、白昼夢かと思ったくらいだ。

ブログからビンボーが消えたとなると、こんどは実質的なビンボーから脱却する番である。

すこし肩が軽くなったのは、気のせいだろうか?

さあ、足取り軽く夜更けのの打ち合わせに出かけよう!

積乱雲を懐かしむ

 夏休みも終わりに近づく頃、遠雷に午睡を起こされ、

縁側から東の峰を眺めると、みごとな入道雲が天高くわき上がっていて思わず息を呑んだ。

それでも飛び起きては再び川へ走った。

あれは小学5年生の夏、四方山に囲まれた小さな村を流れる清流で、毎日毎日飽きずに泳いだ。

あの夏は、群れてはいなかった。ただひたすら独りで泳いだ。

朝から夕暮れまでよくも飽きずに泳げるものだと母はため息をつきながら、

冷えた西瓜や茹で立てのトウモロコシを用意してくれた。

その泳ぎが功を奏したのか、その年の冬、ぼくは青年団のマラソン大会に特別参加して優勝した。

カモシカ少年ともてはやされたが、父が走ることを禁じて、ぼくのマラソン人生は終わった。

ぼくの望むことはすべて許して援助してくれた父が、人生で一度だけ猛反対したのが走ることだった。

成績優秀なマラソン選手だった親戚の大学生が肺を患って 亡くなっていたことは後に知った。

人生に「もし?」はない。1本の道を前に進むだけだ。だが、ぼくは欲張って、

あれやこれやと手を出してきた。

東京では見ることの叶わない九州山脈の峰にわきあがる積乱雲を懐かしむとき、

ぼくは、今もあの夏が続いていることを実感する。

ぼくは今日も、黙々と人生を泳ぎ続けているのだ。

夢の中の登場人物

 空を自在に飛ぶ夢や顔が脱皮する夢は何度も見てきたが、

身体が透明になってゆく夢は初めてみた。

この暑さでは脳がオーバーヒートしてもおかしくない。

西日本では豪雨らしいが、東京は連日の猛暑である。

今年も誕生日の前後は原稿書きで、昨日終わらせるつもりが明日の朝になりそうだ。

西瓜、トウモロコシ、そうめん、西瓜、トウモロコシ、と続いて、

さすがに次が西瓜では 芸がないと、米を焚いてみたが食欲が起きない。

うつらうつらと原稿を書いていると、夢か現実かわからなくなってくる。

40年も前から夢をノートに綴っているが、ダンボールごと友人宅に預けていたり、

実家の屋根裏部屋でねずみに齧られていたりして、全部を捜すのはもう無理だろう。

ときどき、屋根裏部屋の夢を見る。

小学3年生の春、父が出入りの大工に作らせた勉強机の抽斗に入っている鉱石ラジオや、

プラモデル、野球盤などを捜しに帰る夢だ。

現実には誰の手にも触れず60年近くひっそりぼくを待っているのだが、

夢の中では、抽斗を開けると捜していたものが消えている。

焦って捜すうちに目が覚めるという仕掛けである。

夢に登場した死神や貧乏神、詐欺師や娼婦に似た人と現実世界でばったり出会うことがある。

一度だけ、ぼくはあなたに夢であったことがある、と言って苦笑いされたことがある。

さすがに貧乏神だったとはいえなくて、何だか気まずい雰囲気になった。

 印象に残る顔は夢の中ではあまり良い職業の人ではないので、

現実に似た人に出会うと、必死で先入観を打ち消すよう努力する。

しかし、これが後になって、ほぼ間違っていないことが判明して気が滅入る。

最近も、重要な人物となった方が、初印象に近づいてきて困っている。

あなたは夢に出てきた悪い人に似ているので信用できない、とは言えないで付き合ってきた。

むしろ、必死で夢の印象を打ち消してきた。いまも、そうしている。

 夢は夢に過ぎないのだ。ぼくはきっと疲れている。

さあ、頑張って台本を仕上げよう。 

今日は66歳の誕生日

夏の真っ只中に生まれたぼくは、当然のように夏は水を得た魚のようです。

ああ、今日は誕生日か…とぼんやり思い出しながら横になった昨夜、

不思議な夢を見ました。他人の夢ほどつまらないものはないといいますが、

66歳の誕生日に見た夢を綴ります。

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25歳のぼくが、66歳のぼくにインタビューしているのです。

25歳といえば、星野副編集長の下で週刊少女フレンド の記者として、

芸能人をインタビューしていたはるか昔の時代です。

「夢のような人生だった。いや、これは夢かも知れないな」

と、ぼくは穏やかに答えているのです。

25歳のぼくは、少し苛立った顔を隠せず、こめかみを神経質そうな指で押しながら、

手帳にその言葉をメモしつつ、66歳のぼくに尋ねました。

「何か、具体的な、その夢のようなお話、エピソードはありますか?」

「きみは、若い頃のぼくだろう?どうだい、これこそが夢のような話じゃないか」

25歳のぼくは、ひどくこめかみが疼きました。夕べは写真部の津田さんと同僚の葛西君、

川鍋さんと徹夜マージャンで、朝、仮眠室でシャワーを浴びて飛び出して来たばかりだったのです。

「何も苛立つことはないんだよ。すべては時が流してしまう。ぼくの過去は、夢と同じだ」

「それは違うと思いますよ。66歳で、そんな仙人のような境地に達するとは思えませんが、

特に、あなたのような方が」

若いぼくは、少し言葉が過ぎたと自覚したのか、背筋を伸ばして身構えた。

「そうだね。ぼくはね、この先も、きみの言うとおり、きっと足掻きながら生きて行くと思う。

だが、ぼくを見てご覧、どうだい?少し透き通って見えないかい?」

66歳のぼくは、両手を広げ、足を伸ばして、少し宙に浮いて見せた。

「ほ、本当ですね。あなたの身体が宙に浮いてるように見えます!それも、かなり透き通ってみえます!」

若いぼくは、ソファーに仰け反った。

「あと20年も生きれば、ぼくは自由自在に地球を空から眺められるだろう。龍に乗らずとも、

ぼくは自力で生きて来たからね。天が褒美をくれたのだよ」

66歳のぼくは、25歳のぼくの頭上に浮かび上がって去った。

25歳のぼくは、星野副編集に何と報告しようかと、手帳を覗き込んだ。

そこには、メモした文字は一つもなく、ただ白い空白が無限に広がっていた。

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たくさんの方に祝福のメッセージをいただいた。ただただ感謝するのみである。

ありがとう!面白い本を書きます。